・・・頤から爪先の生えたのが、金ぴかの上下を着た処は、アイ来た、と手品師が箱の中から拇指で摘み出しそうな中親仁。これが看板で、小屋の正面に、鼠の嫁入に担ぎそうな小さな駕籠の中に、くたりとなって、ふんふんと鼻息を荒くするごとに、その出額に蚯蚓のよう・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・なあ、お香、いつぞや巡査がおまえをくれろと申し込んで来たときに、おれさえアイと合点すりゃ、あべこべに人をうらやましがらせてやられるところよ。しかもおまえが(生命という男だもの、どんなにおめでたかったかもしれやアしない。しかしどうもそれ随意に・・・ 泉鏡花 「夜行巡査」
・・・「オイどうしたんだ。「どうもしないよ。 やはり寝ながらじろりッと見て、「気のぬけたラムネのように異うすますナ、出て行った用はどうしたんだ。「アイ忘れたよ。「ふざけやがるなこの婆。「邪見な口のききようだねえ、阿魔だ・・・ 幸田露伴 「貧乏」
・・・「鮒か。」「ウン。」精の友達らしい。いつの間にか要太郎が見えなくなったと思うていると遥か向うの稲村の影から招いている。汗をふきふきついて行った。道の上で稲を扱いている。「御免なさいよ。」「アイ御邪魔でございます。」実際邪魔であるので。要太郎・・・ 寺田寅彦 「鴫つき」
・・・が、アの部を牽くと、アイ藍が真先に出る! そして誰もこれに驚かない。 ○ 翻刻智環啓蒙の面白さは、そのように機械化した文字が、まだ貴重な一つの解読と云う技能を要した時代を反映していて、微笑されるのである。・・・ 宮本百合子 「蠹魚」
・・・「アイ、ラヴ、ユー」 ――困ったことに、私の腹の底から云いようない微笑が後から後から口元めがけてこみあげて来た。「何? どうしたの」「何でもないの」 云うあとから、更に微笑まれる。私は、字幕でなく、人間の声で「アイ、ラヴ・・・ 宮本百合子 「三鞭酒」
出典:青空文庫