・・・その暗い丸の内の闇の中のところどころに高くそびえたアーク燈が燦爛たる紫色の光を出してまたたいていたような気がする。そのころすでにそんなものがあったかどうか事実はわからないが、自分の記憶の映画にはそういうことになっているのである。 この銀・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・ 夜船へ帰って、甲板でリモナーデを飲みながら桟橋を見ていると、そこに立っているアーク燈が妙なチラチラした青い光と煙を出している。それが急にパッと消えると同時に外のアーク燈も皆一度に消えてまっ暗になった。船の陰に横付けになって、清水を積ん・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・ 夜の十二時過ぎ、私は公園を横切って歩いていた。アークライトが緑の茂みを打ち抜いて、複雑な模様を地上に織っていた。ビールの汗で、私は湿ったオブラートに包まれたようにベトベトしていた。 私はとりとめもないことを旋風器のように考え飛ばし・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・ 強烈なアーク燈に照らされ、群像の上にひるがえる幾流もの赤旗は夜に燃える火のようだ。左手につづく国立物品販売所の正面には、イルミネーションで、万国の労働者団結せよ!と、書き出されている。 広場の土は数十万の勤労者の足・・・ 宮本百合子 「インターナショナルとともに」
・・・パリの騒然とした街の様子が彼独特の詳細な筆致でかかれているあとに、市役所のアーク燈に照らされた大階段にぎっしりとつめかけて国民兵の募集に応じようとしている市民の群が描写されている。これらの顔色のわるい人々、折から雨に外套もなくぬれながらなお・・・ 宮本百合子 「折たく柴」
・・・ 行手に、そろそろ二本アーク燈の柱が見え始めた。松林がその辺で少し浜へ辷り出している。数艘、漁船が引上げられ、干されている。彼等はその辺から村の街道へ登るわけだ。跟いて来た犬は、別れが近づいたのを知ったように、盛にその辺を跳ね廻った。父・・・ 宮本百合子 「海浜一日」
・・・ 工場の内庭に面した方の窓全体に、強いアーク燈の光がさしている。時々起重機の巨大な黒い影が、重くゆっくり窓の外を横切った。〔一九三一年五月〕 宮本百合子 「「鎌と鎚」工場の文学研究会」
・・・ 民自党の本質的なこわさが、故人の運命をアーク燈の光のように照し出している。したがって、故人の遺族は思いがけなく主人の身の上におこった悲劇によって、妻は主婦として行手の寒さに身をふるわせ、子息たちは、アルバイト学生の境遇を、自身たちの明日の・・・ 宮本百合子 「権力の悲劇」
・・・ 夕方、五時というと冬のモスクではもう宵だ。アーク燈が凍った並木道の上にともる。この刻限並木道は勤めがえりの通行人で一杯だ。 鞁鳥打帽の下で外套の襟を深く立て、物がつまりすぎてパチンも満足にかからない書類入鞄を小脇にかかえ、わき目も・・・ 宮本百合子 「砂遊場からの同志」
・・・ 枝々に白く雪の凍った並木道の間を電車が走ってくるが、チラチラとアーク燈のつよい光りをあびるごとに、風にはためく赤旗が、美しく目立つ。「労働宮」のわきを電車がまわるとき、ニーナはなんとも云えないよろこびで、三月八日と大きく輝いている・・・ 宮本百合子 「ソヴェト同盟の三月八日」
出典:青空文庫