・・・高い腰の上は透明なガラス張りになっている雨戸から空をすかして見ると、ちょっと指先に触れただけでガラス板が音をたてて壊れ落ちそうに冴え切っていた。 将来の仕事も生活もどうなってゆくかわからないような彼は、この冴えに冴えた秋の夜の底にひたり・・・ 有島武郎 「親子」
・・・そして、そのとき、美しい店の前に立って、ガラス張りの中に幾つも並んでいるオルガンや、ピアノや、マンドリンなどを見ましたとき、「お姉さま、この楽器は、みんな外国からきましたのですか。」と問いました。お姉さまは、「ああ、日本でできた・・・ 小川未明 「赤い船」
・・・店の入口にガラス張りの陳列窓があり、そこに古びた阿多福人形が坐っている。恐らく徳川時代からそこに座っているのであろう。不気味に燻んでちょこんと窮屈そうに坐っている。そして、休む暇もなく愛嬌を振りまいている。その横に「めをとぜんざい」と書いた・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・首の細い脚の巨大な裸婦のデッサンがいちまい、まるいガラス張りの額縁に収められ、鏡台のすぐ傍の壁にかけられていた。これはマダムの部屋なのであろう。まだ新しい桑の長火鉢と、それと揃いらしい桑の小綺麗な茶箪笥とが壁際にならべて置かれていた。長火鉢・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・ 三 熱帯魚 百貨店の花卉部に熱帯魚を養ったガラス張りの水槽が並んでいる。暑いある日のことである。どう見ても金持ちらしい五十格好のあぶらぎった顔をした一人の顧客が、若い店員を相手にして何か話している。水槽につけた紙札・・・ 寺田寅彦 「試験管」
・・・それだから丸善の二階でも各専門の書物は高い立派なガラス張りの戸棚から傲然として見おろしている。片すみに小さくなっているむき出しの安っぽい棚の中に窮屈そうにこの叢書が置かれている。 たとえば、昔の人は、見晴らしのいい丘の頂に建てられた小屋・・・ 寺田寅彦 「丸善と三越」
出典:青空文庫