・・・そしてガードの下に、さしかかると、冷たい風が吹いてきて、躰がひやりとしました。「ここで、すこし休んでゆこう。」と、良吉は、自転車を止めて、さながら、坑のあちらの、ちがった、世界からでも吹いてくるような、風を胸に入れていました。 暑い・・・ 小川未明 「隣村の子」
・・・やがて天満から馬場の方へそれて、日本橋の通りを阿倍野まで行き、それから阪和電車の線路伝いに美章園という駅の近くのガード下まで来ると、そこにトタンとむしろで囲ったまるでルンペン小屋のようなものがありました。男はその中へもぐりました。そこがその・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・今宮のガード下で……」「へえ……? さては十銭芸者でも買う積りやな」「十銭……? 十銭何だ?」「十銭芸者……。文士のくせに……」知らないのかという。「やはり十銭漫才や十銭寿司の類なの?」 帰るといったものの暫らく歩けそう・・・ 織田作之助 「世相」
・・・だが、自動車はゴー、ゴーと響きかえるガードの下をくゞって、もはや淀橋へ出て行っていた。 前から来るのを、のんびりと待ち合せてゴトン/\と動く、あの毎日のように乗ったことのある西武電車を、自動車はせッかちにドン/\追い越した。風が頬の両側・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・省線のガードが見える。 給仕人に背を向けて窓のそとを眺めたまま、「コーヒーと、それから、――」言いかけて、しばらくだまっていた。くるっと給仕人のほうへ向き直り、「まあ、いい。外へ出て、たべる。」「あ、君。」乙彦は、呼びとめて、「・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・があるかどうかは不明であるが多少の関係があるかもしれない。 洋画の方に「測候所」があると、日本画の方にも「測候所」及び「海洋気象台」がある。ガードやガソリンスタンドなども両方にある。それだのに、洋画の方には鎧武者や平安朝風景がない。これ・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
・・・「まるでジョン・ヒルガードそっくりだ。」「ジョン・ヒルガードって何です。」私は訊ねました。「喜劇役者ですよ。ニュウヨーク座の。けれどもヒルガードには眉間にあんな傷痕がありません。」「なるほど。」 そのあとはもう異教徒席も・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・ 外国人のためにもこの祭りの日と夜とを一きわ華やかにしつらえている贅沢な並木道通りからはずれ、暗いガードそばという場末街の祭の光景は、その片かげに大パリの現実的な濃い闇を添えているだけに、音楽も踊る群集も哄笑も、青や赤の色電燈の下で、実・・・ 宮本百合子 「十四日祭の夜」
・・・そして、六日午前五時すぎ、小菅刑務所のわきの五反野南町のガード下で、無残な轢死体としての下山総裁が発見された。 日本じゅうに非常なセンセーションがまきおこった。五日の午前九時すぎ下山総裁が三越で自動車をのりすててから死体となって発見され・・・ 宮本百合子 「「推理小説」」
・・・地震は、相変らず時々来るが、火事はまかさ来まいと思い、荷作りなどをしないでも大丈夫だと、下の婆さんに云って一先ずガード下に地震をよけて居るうちに、五時頃、段々火の手が迫って来るので、大きな荷物を四つ持ち、鎌倉河岸に避難した。始めは、材木や何・・・ 宮本百合子 「大正十二年九月一日よりの東京・横浜間大震火災についての記録」
出典:青空文庫