・・・机の前には格子窓がある、――その窓から外を見ると、向うの玩具問屋の前に、半天着の男が自転車のタイアへ、ポンプの空気を押しこんでいた。何だかそれが洋一には、気忙しそうな気がして不快だった。と云ってまた下へ下りて行くのも、やはり気が進まなかった・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・ライオンが自動車のタイアを草原に見いだして前足でつついてみては腹を立ててうなる場面は傑作である。ライオンがふきげんであればあるほど観客は笑うのである。もしか自分がライオンだったら、この不都合な侵入者らに対してどんなに腹の立つことであろう。・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ 太いタイアの跡が柔かい土にめりこんでついている。草道はそこから自立会の建物についてうねり、入口の前に通じた。 建物の横手に大型トラックが来ていて、手拭で頭をくるりと包んだジャムパー姿の若い人が三四人で、トラックの上から床几をおろし・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・消防詰所傍の広場で、数人の男児、自働車の古タイアを輪廻しのようにころがして来るのに遭う。太い、つるりと重いゴムの大輪を、一生懸命棒ちぎれで叩いてころがす。そのピシャ、ピシャいう音、ゴムの皮膚的な表面の感じ、一種、間抜けて滑稽な動物を追い走ら・・・ 宮本百合子 「湯ヶ島の数日」
・・・トラックのタイアに黄葉が散ってくっついて走った。 PELL《ペル》――MELL《メル》は古風な英国の球ころがし遊びの名である。 古来英国人は実によく球で遊んで来た民族だ。潮流の加減で冬でも霜ぶくれにならぬ草原と地震なきゆるやかな・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
出典:青空文庫