・・・それが丁度レンズの焦点を合せるように、だんだんにはっきりして来るのであった。 そういう心持を懐いて、もう一度がらんとした寒い廊下と階段を上がって、そうしてようやく目的の関門を通過して傍聴席の入口を這入った。 這入った処は薄暗い桟敷の・・・ 寺田寅彦 「議会の印象」
・・・過去のある瞬間に世界のうちのある場所で起った出来事を映写器械のレンズで見た、その影像の写しをそのままに吾々の眼を通して直接に吾々の頭の中へ写し出すのである。 教育機関としての映画の役目は、このように観客の眼の「案内者」としての役目である・・・ 寺田寅彦 「教育映画について」
・・・白熊は、自分の毛皮から放射する光線が遠方のカメラのレンズの中に集約されて感光フィルムの上に隠像の記録を作っていることなどは夢にも知らないで、罪のない好奇と驚異の眼をこの浮き島の上の残忍な屠殺者の群れに向けているのである。撮影が終わると待ち兼・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・その場合には目のレンズはもはや光を収斂するレンズの役目をつとめることができなくなる。網膜も透明になれば光は吸収されない。吸収されない光のエネルギーはなんらの効果をも与えることができない。換言すれば「不可視人間」は自分自身が必然に完全な盲目で・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・しかしレンズとフィルムは物質であってなんらの既成概念もなければ抽象能力もない、一見ばか正直のようであって、しかも広大無辺の正確なる認識能力を所有しているのである。試みにたったひとこまの皮膜に写った形像を精細に言葉で記載しようとしてもおそらく・・・ 寺田寅彦 「ニュース映画と新聞記事」
・・・はじめ見た瞬間にはアイデンチファイすることのできなかった昔のわが家の庭が次第次第に、狂っていたレンズの焦点の合ってくるように歴然と眼前に出現してくるのである。 このただ一枚の飛び石の面にだけでも、ほとんど数え切れない喜怒哀楽さまざまの追・・・ 寺田寅彦 「庭の追憶」
・・・ 長さ数センチメートルの長い火花を写真レンズで郭大した像をすりガラスのスクリーンに映じ、その像を濃青色の濾光板を通して、暗黒にならされた目で注視すると、ある場合には光が火花の道に沿うて一方から他方へ流れるように見える。しかし実際はこの火・・・ 寺田寅彦 「人魂の一つの場合」
・・・此方のレンズを覘いてみると西洋の美しい街の大通りが浮き上がって見える。馬車の往来が織るような街の両側の人道の並木の下には手を組んだ男女の群が楽しそうに通っている。覘いている竹村君の後ろをジャン/\と電車が喧しい音を立てて行くと、切るような凩・・・ 寺田寅彦 「まじょりか皿」
・・・そして彼をレンズにでも収めるように、一瞬にしてとり入れた。「喧嘩にゃならねえよ。だが、お前なんか向うの二等車に行けよ。その方が楽に寝られるぜ。寒くもねえのに羽織なんか着てる位だから。その羽織だって、十円位はかかるだろう。それよりゃ、二等・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・ 先生は中にたくさん光る砂のつぶの入った大きな両面の凸レンズを指しました。「天の川の形はちょうどこんななのです。このいちいちの光るつぶがみんな私どもの太陽と同じようにじぶんで光っている星だと考えます。私どもの太陽がこのほぼ中ごろにあ・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
出典:青空文庫