・・・けれども我々の批判はあくまでも我々一家の批判である。もしそれが一家の批判を超越する場合には、批判その物の性質として普遍ならざるべからざる権威を内に具えているがためで、いわば相手と熟議の結果から得た自然の勢力に過ぎない。我々の背後にはただ他よ・・・ 夏目漱石 「文芸委員は何をするか」
・・・そして、怨霊のために、一家が死滅したことは珍しくなかった。だが、どんな怨霊も、樫の木の閂で形を以って打ん殴ったものはなかった。で、無形なものであるべき怨霊が、有形の棍棒を振うことは、これは穏かでない話であった。だが、困った事には、怨霊の手段・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・「他のことなら何とでもなるんだが、一家の浮沈に関することなんだから、どうも平田が帰郷ないわけに行かないんでね、私も実に困っているんだ」「家君さんがなぜ御損なんかなすッたんでしょうねえ」と、吉里はやはり涙を拭いている。「なぜッて。・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・、即ち其ありのまゝに任せ、之を家の長老尊属として丁寧に事うるは固より当然なれども、実父母同様に親愛の情ある可らざるは是亦当然のことゝして、初めより相互に余計の事を求めず、自然の成行に従て円滑を謀るこそ一家の幸福なれ。世間には男女結婚の後、両・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・其の他凡そ一家をなせる者には各独特の文体がある。この事は日本でも支那でも同じことで、文体は其の人の詩想と密着の関係を有し、文調は各自に異っている。従ってこれを翻訳するに方っても、或る一種の文体を以て何人にでも当て嵌める訳には行かぬ。ツルゲー・・・ 二葉亭四迷 「余が翻訳の標準」
・・・共にしたとはいうけれど、譬えば一家の主僕がその家を、輿を、犬を、三度の食事を、鞭を共にしていると変った事はない。一人のためにはその家は喜見城で、一人のためには牢獄だ。一人のためには輿は乗るもので、一人のためには輿は肩から血を出すものだ。一人・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・殊に三月の末であったか、碧梧桐一家の人が赤羽へ土筆取りに行くので、妹も一所に行くことになった時には予まで嬉しい心持がした。この一行は根岸を出て田端から汽車に乗って、飛鳥山の桜を一見し、それからあるいて赤羽まで往て、かねて碧梧桐が案内知りたる・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・こうして、ドイツの知識人の代表的なトーマス・マン一家の亡命生活がはじまったのであった。 当時トーマス・マンは、「ヨゼフとその兄弟」という作品の執筆中で、原稿があわただしくみすてられたミュンヘンの家にとりのこされたままであった。トーマス・・・・ 宮本百合子 「明日の知性」
・・・これから形ばかりではあるが、一家四人のものがふだんのように膳に向かって、午の食事をした。 長十郎は心静かに支度をして、関を連れて菩提所東光院へ腹を切りに往った。 長十郎が忠利の足を戴いて願ったように、平生恩顧を受けていた家臣のう・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・ そう思うと、彼は今一段自分の狡猾さを増して、自分から明らかに堂々と以後一家で負う可き一切の煩雑さを、秋三に尽く背負わして了ったならば、その鮮かな謀叛の手腕が、いかに辛辣に秋三の胸を突き刺すであろうと思われた。 彼は初めて秋三に復讐し終・・・ 横光利一 「南北」
出典:青空文庫