・・・そう一概に云うと明暸なようであるが退いて考えるとなかなかわかりにくい。技巧とは何だと聴かれた時に、たいてい困ります。普通は思想をあらわす、手段だと云いますが、その手段によって発表される思想だからして、思想を離れて、手段だけを考える訳には行か・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・上士の残夢未だ醒めずして陰にこれを忌むものあれば、下士は却てこれを懇望せざるのみならず、士女の別なく、上等の家に育せられたる者は実用に適せず、これと婚姻を通ずるも後日生計の見込なしとて、一概に擯斥する者あり。一方は婚を以て恩徳のごとく心得、・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・あるいは近来東京などにて交際のいよいよ盛んにして、遂に豪奢分外の譏りを得るまでに至りしも、幾分か外国人に対して体裁云々の意味を含むことならん。一概にこれを評すれば無益の虚飾なるに似たれども、他人をして我が真実を知らしむるは甚だ易からざるが故・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・されども一概に教育とのみにては、その意味はなはだ広くして解し難く、ために大なる誤解を生ずることあり。そもそも人生の事柄の繁多にして天地万物の多き、実に驚くべきことにて、その数幾千万なるべきや、これを知るべからず。ただその物名のみにても、こと・・・ 福沢諭吉 「文明教育論」
翻訳は如何様にすべきものか、其の標準は人に依って、各異ろうから、もとより一概に云うことは出来ぬ。されば、自分は、自分が従来やって来た方法について述べることとする。 一体、欧文は唯だ読むと何でもないが、よく味うて見ると、・・・ 二葉亭四迷 「余が翻訳の標準」
・・・と云っているけれども、それも、決して一概に小説とは云えず、今日小説を書き並べているものが、人間としてよくなっているかどうか、大した疑問だとも云えるのではあるまいか、と。著者が益々、文芸批評の本来性として在る極々の要因を、情熱の源泉として身に・・・ 宮本百合子 「作家に語りかける言葉」
・・・ この作者の才能を認める川端康成その他多くの作家たちは、石坂の作品にある誇張癖、古めかしさなどを、一概に咎めだてすることはできぬといって、作品にこもっている作者の生活感の豊かさを評価している。もっともではあると思うが、私どもは、この作家・・・ 宮本百合子 「一九三四年度におけるブルジョア文学の動向」
・・・けれども、彼女等が子供の為に考え、研究し、秩序を立てて計画しているのを見ると、決して一概にそうは云えない心持が致します。それは、勿論、日本の若い母親のように、暇さえあれば膝に赤児を抱いてもいなければ、歩くに背に負いもしません。日本では、一般・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
・・・当時のプロレタリア作家に未だ不足していた実力、権力の側からの強圧に対する受動的な態度等が相互的に関係し合っていたと思う。当時一概にプロレタリア作家という名に呼ばれてはいても謂わば一人一人の主観の真の在りように照して見れば複雑な内容で力以上の・・・ 宮本百合子 「ヒューマニズムへの道」
・・・ 斑犬を、私は一概に嫌いだというのではない。鷹揚で快活な斑もあるが、その犬のように、全体はっきりした白と黒とで穢れたようなのは、陰気だ。その上、まるで面長な色白い人間の婆さんのような表情を、この犬は持っているのだ。樫の木は、冬でも小暗い・・・ 宮本百合子 「吠える」
出典:青空文庫