・・・「一条二条の大路の辻に、盲人が一人さまようているのは、世にも憐れに見えるかも知れぬ。が、広い洛中洛外、無量無数の盲人どもに、充ち満ちた所を眺めたら、――有王。お前はどうすると思う? おれならばまっ先にふき出してしまうぞ。おれの島流しも同・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・ただその側の杉の根がたに、縄が一筋落ちて居りました。それから、――そうそう、縄のほかにも櫛が一つございました。死骸のまわりにあったものは、この二つぎりでございます。が、草や竹の落葉は、一面に踏み荒されて居りましたから、きっとあの男は殺される・・・ 芥川竜之介 「藪の中」
・・・心細いほど真直な一筋道を、彼れと彼れの妻だけが、よろよろと歩く二本の立木のように動いて行った。 二人は言葉を忘れた人のようにいつまでも黙って歩いた。馬が溺りをする時だけ彼れは不性無性に立どまった。妻はその暇にようやく追いついて背の荷をゆ・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ あッという声がして、女中が襖をと思うに似ず、寂莫として、ただ夫人のものいうと響くのが、ぶるぶると耳について、一筋ずつ髪の毛を伝うて動いて、人事不省ならんとする、瞬間に異ならず。 同時に真直に立った足許に、なめし皮の樺色の靴、宿を欺・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・……が、底ともなく、中ほどともなく、上面ともなく、一条、流れの薄衣を被いで、ふらふら、ふらふら、……斜に伸びて流るるかと思えば、むっくり真直に頭を立てる、と見ると横になって、すいと通る。 時に、他に浮んだものはなんにもない。 この池・・・ 泉鏡花 「海の使者」
・・・若い者の取落したのか、下の帯一筋あったを幸に、それにて牛乳鑵を背負い、三箇のバケツを左手にかかえ右手に牛の鼻綱を取って殿した。自分より一歩先に行く男は始めて牛を牽くという男であったから、幾度か牛を手離してしまう。そのたびに自分は、その牛を捕・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・ど見るべきものがない、殊に名のある茶人には著書というもの一冊もない、であるから茶人というものは愚人である、茶は面白いが茶人は駄目である、利休や宗旦は別であるが、外の茶人に物の解った人はない様じゃ、こう一筋に考えたものであったが、今思うとそれ・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・信乃が滸我へ発足する前晩浜路が忍んで来る一節や、荒芽山の音音の隠れ家に道節と荘介が邂逅する一条や、返璧の里に雛衣が去られた夫を怨ずる一章は一言一句を剰さず暗記した。が、それほど深く愛誦反覆したのも明治二十一、二年頃を最後としてそれから以後は・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・ 先生は、年子がゆく時間になると、学校の裏門のところで、じっと一筋道をながめて立っていらっしゃいました。秋のころには、そこに植わっている桜の木が、黄色になって、はらはらと葉がちりかかりました。そして、年子は、先生の姿を見つけると、ご本の・・・ 小川未明 「青い星の国へ」
・・・日は漸々西に傾いて、波の上が黄金色に輝いて、あちらの岩影が赤く光った時分には、もうその船の姿は波の中に隠れて、煙が一筋、空に残っていたばかりです。 その日は、お姉さまといっしょに海辺で遊び暮らして、疲れた足をひきずって家に帰りました。・・・ 小川未明 「赤い船」
出典:青空文庫