・・・文字数においてすでに短歌の三十一文字を凌駕しているのであるが、一方ではまた短歌のほうでも負けていないで、五十文字ぐらいは普通だし六十字ぐらいまではたいして珍しくもないようである。 こういう新型式についていろいろ是非の議論もあるようである・・・ 寺田寅彦 「俳句の型式とその進化」
・・・国家の元首として、堅実の向上心は、三十一文字に看取される。「浅緑り澄みわたりたる大空の広きをおのが心ともがな」。実に立派な御心がけである。諸君、我らはこの天皇陛下を有っていながら、たとえ親殺しの非望を企てた鬼子にもせよ、何故にその十二名だけ・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・但し今の世間に女学と言えば、専ら古き和文を学び三十一文字の歌を詠じて能事終るとする者なきに非ず。古文古歌固より高尚にして妙味ある可しと雖も、之を弄ぶは唯是れ一種の行楽事にして、直に取て以て人生居家の実際に利用す可らず。之を喩えば音楽、茶の湯・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・饅頭、焼豆腐を取ってわざわざこれを三十一文字に綴る者、曙覧の安心ありて始めてこれあるべし。あら面白の饅頭、焼豆腐や。 安心の人に誇張あるべからず、平和の詩に虚飾あるべからず。余は更に進んで曙覧に一点の誇張、虚飾なきことを証せん。似而非文・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・今日の現実は、風流なすさびと思われていた三十一文字を突破して、生きようと欲する大衆の声を工場から、農村から、工事場・会社・役所から、獄中からまで伝えて来ている。その点で、この二百頁に満たぬ一冊の歌集がきょうの日本の歌壇に全く新しい価値をもっ・・・ 宮本百合子 「歌集『集団行進』に寄せて」
・・・最もいつわりのなかるべき芸術の仕事をしている女のひとの感情でさえ、たとえば近頃の岡本かの子氏の時局和歌などをよむと、新聞でつかうとおりの粗大な形容詞の内容のまま、それを三十一文字にかいていられる。北原白秋氏は、観念上の「空爆」を万葉調の長歌・・・ 宮本百合子 「祭日ならざる日々」
・・・書かれる可(は三十一文字だか四文字だか分らないがその勢は目立ったもので有る。若君はあふれた水を流すよりもたやすくそのみちみちた心のたったほんの一寸したところを墨の香をこめてかきながした、やさしい手でこす□□□□(色紙を形よくあやなして居る。・・・ 宮本百合子 「錦木」
・・・「おや、しゃれたものを描くんだね、三十一文字かい」 楽焼の絵筆を手に持ったままわざわざ立って来、床几にあがって皿にかがみこんでいる仲間をのぞき込んだ。「何だって――初秋や、名も文月の? なあんこった! だから俺は源公なんか連れて・・・ 宮本百合子 「百花園」
出典:青空文庫