・・・僕は小えんの身になって見れば、上品でも冷淡な若槻よりも、下品でも猛烈な浪花節語りに、打ち込むのが自然だと考えるんだ。小えんは諸芸を仕込ませるのも、若槻に愛のない証拠だといった。僕はこの言葉の中にも、ヒステリイばかりを見ようとはしない。小えん・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・紳士は背のすらっとした、どこか花車な所のある老人で、折目の正しい黒ずくめの洋服に、上品な山高帽をかぶっていた。私はこの姿を一目見ると、すぐにそれが四五日前に、ある会合の席上で紹介された本多子爵だと云う事に気がついた。が、近づきになって間もな・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・そして仏蘭西から輸入されたと思われる精巧な頸飾りを、美しい金象眼のしてある青銅の箱から取出して、クララの頸に巻こうとした。上品で端麗な若い青年の肉体が近寄るに従って、クララは甘い苦痛を胸に感じた。青年が近寄るなと思うとクララはもう上気して軽・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・きさくで親切で、顔つきだっていちばん上品できれいだし、お友達にはうってつけな方ね。でもあなた、きっと日本なんかいやだって外国にでも行っちまうんでしょう。おだいじにお暮らしなさい。戸部さんは吃りで、癇癪持ちで、気むずかしやね。いつまでたっても・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・ 今は竹の皮づつみにして汽車の窓に売子出でて旅客に鬻ぐ、不思議の商標つけたるが彼の何某屋なり。上品らしく気取りて白餡小さくしたるものは何の風情もなし、すきとしたる黒餡の餅、形も大に趣あるなり。 夏の水 松任より柏・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・それでも遊びにほうけていると、清らかな、上品な、お神巫かと思う、色の白い、紅の袴のお嬢さんが、祭の露店に売っている……山葡萄の、黒いほどな紫の実を下すって――お帰んなさい、水で冷すのですよ。 ――で、駆戻ると、さきの親類では吃驚して、頭・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・返事に迷惑して申しのべし、「手前よろしければかねて手道具は高蒔絵の美をつくし衣装なんかも表むきは御法度を守っても内証で鹿子なんかをいろいろととのえ京都から女の行儀をしつける女をよびよせて万事おとなしく上品に身ぶるまいをさせて居たので今ときめ・・・ 著:井原西鶴 訳:宮本百合子 「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」
・・・夏目さんは大抵一時間の談話中には二回か三回、実に好い上品なユーモアを混える人で、それも全く無意識に迸り出るといったような所があった。 また夏目さんは他人に頼まれたことを好く快諾する人だったと思う。随分いやな頼まれごとでも快く承諾されたの・・・ 内田魯庵 「温情の裕かな夏目さん」
・・・ おばあさんは、じろじろと少女のようすを見て、孤児にしては、あまりきれいで、どことなく上品なので、なんらかふに落ちないように小くびを傾けていました。「そう、おまえさんのように、やすやすときめていいものですか……。」と、怒り声を出して・・・ 小川未明 「海からきた使い」
・・・たとえば、お母さんに頼んだことを、きちんとしてもらいたいとか、また、他の教養あるお母さんのように、話が分ってほしいとか、もっと様子を綺麗にしてもらいたいとか、言葉使いなど上品にしてもらいたいとか、恐らく、この種のものでしたら、多々あることで・・・ 小川未明 「お母さんは僕達の太陽」
出典:青空文庫