・・・去年までは女学校であったので、ここの神さんと妹が経験もなく財産もなく将来の目的もしかと立たないのに自営の道を講ずるためにこの上品のような下等のような妙な商買を始めたのである。彼らは固より不正な人間ではない。正道を踏んで働けるだけ働いたのだ。・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・男も女も、皆上品で慎み深く、典雅でおっとりとした様子をしていた。特に女性は美しく、淑やかな上にコケチッシュであった。店で買物をしている人たちも、往来で立話をしている人たちも、皆が行儀よく、諧調のとれた低い静かな声で話をしていた。それらの話や・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・これとてもさきの紳士連中は無礼と知りて行うたるにあらず、その平生において、男女品行上のことをば至って手軽に心得、ただ芸妓の容姿を悦び、美なること花の如しなどとて、徳義上の死物たる醜行不倫の女子も、潔清上品なる良家の令嬢も大同小異の観をなして・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・こんな処を上品に言おうと思うたが何も出来ぬ。それから宋江が壁に詩を題する処を聯想した。それも句にならぬので、題詩から離別の宴を聯想した。離筵となると最早唐人ではなくて、日本人の書生が友達を送る処に変った。剣舞を出しても見たが句にならぬ。とか・・・ 正岡子規 「句合の月」
・・・ところが狐の方は大へんに上品な風で滅多に人を怒らせたり気にさわるようなことをしなかったのです。 ただもしよくよくこの二人をくらべて見たら土神の方は正直で狐は少し不正直だったかも知れません。 夏のはじめのある晩でした・・・ 宮沢賢治 「土神ときつね」
・・・体面をつくろう偽善、上品ぶって見て見ぬふりは、それらの人々の処世の態度なのだから。しかしローレンスが性について語るとき、彼と彼女とは裸の神々のようにむき出しで、自然がその営みにおいてそうであるように、それ自体充実したコースをたどって、かくし・・・ 宮本百合子 「傷だらけの足」
・・・しかし佐橋家で、根が人形のように育った人参の上品を、非常に多く貯えていることが後に知れて、あれはどうして手に入れたものか、といぶかしがるものがあった。この話は「続武家閑話」に拠ったものである。佐橋家の家譜等では、甚五郎ははやく永・・・ 森鴎外 「佐橋甚五郎」
・・・「心臓か、えろう上品や病やのう。」「うむ、もう念仏や。お母はおらんか。」「お母に何ぞ用があるのか?」「お前とこで世話になろうと思うているがの、一つ頼んでくれんかなア?」「お前、俺とこへ来たのか?」「うむ、医者めが、も・・・ 横光利一 「南北」
・・・ 下宿の女主人は、上品な老処女である。朝食に出た時、そのおばさんにエルリングはどこのものかという事を問うた。「ラアランドのものでございます。どなたでもあの男を見ると不思議がってお聞きになりますよ。本当にあのエルリングは変った男です。・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
・・・それに比べると趣味が上品できれいだとせられるIの製作は態度の不純のためにたまらなく愚劣に感じられる。彼は内心に喜んでいながら恥じたらしく装う。歓喜を苦痛として表現する。すべてが嘘である。――Kはその軟弱な意志のゆえに Aesthet として・・・ 和辻哲郎 「転向」
出典:青空文庫