・・・ しかしかれこれ一月ばかりすると、あいつの赤帽を怖がるのも、大分下火になって来た。「姉さん。何とか云う鏡花の小説に、猫のような顔をした赤帽が出るのがあったでしょう。私が妙な目に遇ったのは、あれを読んでいたせいかも知れないわね。」――千枝・・・ 芥川竜之介 「妙な話」
・・・省作の悪口を言うとおはまに憎がられる、おはまには悪くおもわれたくないてあいばかりだから、話は下火になった。政公の気焔が最後に振っている。「おらも婿だが、昔から譬にいう通り、婿ちもんはいやなもんよ。それに省作君などはおとよさんという人があ・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・婦人の断髪はやや下火でも、洋装はまだこれからというころで、思い思いに流行の風俗を競おうとするような女学校通いの娘たちが右からも左からもあの電車の交差点に群がり集まっていた。 私たち親子のものが今の住居を見捨てようとしたころには、こんな新・・・ 島崎藤村 「嵐」
去年の暮から春へかけて、欠食児童のための女学生募金や、メガフォン入りの男学生の出征兵士や軍馬のための募金が流行したが、これらはいつの間にか下火になった。そうしてこの頃では到る処の街頭で千人針の寄進が行われている。これは男子・・・ 寺田寅彦 「千人針」
・・・前に云うごとく、真は四理想の一であって、その一たる真が勢を得て、他の三理想が比較的下火になるのも、時勢の推移上銀杏返しがすたれて束髪が流行すると同じように、やむをえぬ次第と考えられます。しかしこれについて一言御参考のために申し上げておきたい・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・ 母と私との生活が別々な軌道を持つようになってからは、母の文学的興味も一時下火となった。そのかわりに日本画の稽古がはじめられた。 その時分になれば、家の経済状態も少しはましになって来ていたのであったろう。私がたまに遊びに行くと、母は・・・ 宮本百合子 「母」
出典:青空文庫