・・・しかも明治維新とともに生まれた卑しむべき新文明の実利主義は全国にわたって、この大いなる中世の城楼を、なんの容赦もなく破壊した。自分は、不忍池を埋めて家屋を建築しようという論者をさえ生んだわらうべき時代思想を考えると、この破壊もただ微笑をもっ・・・ 芥川竜之介 「松江印象記」
・・・という観念への挑戦が起り、頑固なる中世的な観念の鎧をたたきこわして、裸かの人間を描こうとし、まず肉体のデッサンがはじまる。しかし、現在書かれている肉体描写の文学は、西鶴の好色物が武家、僧侶、貴族階級の中世思想に反抗して興った新しい町人階級の・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・が、宗教の勢力の盛んだった中世ヨーロッパにどれだけの大文学があったか。むしろ宗教との対決、作家が神の地位を奪おうとした時に、大文学が生れた。と、こんなことを言っても、何にもならない。ただ、僕はこの国に宗教のないことを、文学のためにそんなに悲・・・ 織田作之助 「文学的饒舌」
・・・書くべき多くのものが残された。中世期の神秘主義の倫理観、古代のストアやエピクロス派の倫理観、スピノーザやショーペンハウエルの形而上学的倫理観等に触れる暇がなかった。さらに東洋の倫理観にも手が染められなかった。それは本稿の目的上、羅列を事とせ・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・君が面輪の美しき見れば花はみな君にぞある…… これは中世イタリーの詩人の句片だ。愛づらしと吾が思ふきみは秋山の初もみぢ葉に似てこそありつれ これは万葉の一歌人の歌だ。汝らの美しき娘たちを花・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・ それからストラスブルクを見て、ニュルンベルクへ参りました。中世のドイツを見るような気がしておもしろうございました。市庁の床下の囚獄を見た時は、若い娘さんがランプをさげて案内してくれました。罪人は藁も何もない板の寝床にねかされて、パンも・・・ 寺田寅彦 「先生への通信」
・・・ これとは関係はないが、次の頁の脚註に、中世の博物学書に記述されたウニコール捕獲法というのが書いてある。純潔な処女をこの一角の怪獣の棲家へ送り込むと、ウニコールがすっかり大人しくなって処女の胸に頭をすりつけて来る。そこを猟師がつかまえる・・・ 寺田寅彦 「マルコポロから」
・・・しかしこれら哲学者の植え付けた種子が長い中世の冬眠期の後に、急に復興して現代科学の若葉を出し始めたのは、もちろん一般的時代精神の発現の一つの相には相違ない。しかし復興期の学者と古代ギリシアの学者との本質的な相違は、後者特にアテンの学派が「実・・・ 寺田寅彦 「量的と質的と統計的と」
・・・アウグスチヌスの自覚の哲学は、キリスト教的実在即ち歴史的実在を把握したとも考え得るが、中世哲学は宗教哲学であった。実在そのものを問題としたのではない。実在の考え方はギリシヤ的なるものを出なかった。中世哲学の実在はキリスト的・ギリシヤ的であっ・・・ 西田幾多郎 「デカルト哲学について」
・・・これに賛せざる諸君よ、諸君は尚かの中世の煩瑣哲学の残骸を以てこの明るく楽しく流動止まざる一千九百二十年代の人心に臨まんとするのであるか。今日宗教の最大要件は簡潔である。吾人の哲学はこの二語を以て既に千六百万人の世界各地に散在する信徒を得た。・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
出典:青空文庫