・・・ しからばすなわち、爾後日本国内において、事物の順序を弁じ、一身の徳を脩め、家族の間を睦じくせしむる者も、この子女ならん。世の風俗を美にして、政府の法を行われ易からしむる者も、この子女ならん。工を勤め商を勧め、世間一般の富をいたすものも・・・ 福沢諭吉 「京都学校の記」
・・・ 事物につき是非判断の勘弁なくして、これを取扱うときは、必ず益なくして害をいたすべきや明らかなり。馬を撰ばずして、みだりに乗れば落つることあり。食物を撰ばずしてみだりに食えば毒にあたることあり。判断の明、まことに大切なることなれども、た・・・ 福沢諭吉 「経世の学、また講究すべし」
・・・若し此の如く我感ずる所を以て之を物に負わすれば、豈に天下に意なきの事物あらんや。 斯くいえばとて、強ちに実際にある某の事某の物の中に某の意全く見われたりと思うべからず。某の事物には各其特有の形状備りあれば、某の意も之が為に隠蔽せらるる所・・・ 二葉亭四迷 「小説総論」
・・・後世の文学も客観に動かされたる自己の感情を写すところにおいて毫も上世に異ならずといえども、結果たる感情を直叙せずして原因たる客観の事物をのみ描写し、観る者をしてこれによりて感情を動かさしむること、あたかも実際の客観が人を動かすがごとくならし・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・これまでいい意味での女らしさの範疇からもあふれていた、現実へのつよい倦むことない探求心、そのことから必然されて来る科学的な綜合的な事物の見かたと判断、生活に一定の方向を求めてゆく感情の思意ある一貫性などが、強靭な生活の腱とならなければ、とて・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
・・・ 私にとって、自分の眼、耳に感じた事が、自分に対しては最も正直な、或る事物に対する反影であると信ずるのである。 そのかすかながら絶ゆる事のない歎きを聞く毎に私の心に宿った多くの事を私は明白のべるだけである。賞むる人、賞めない人のある・・・ 宮本百合子 「大いなるもの」
・・・かくれてはいるけれども、何かの折にはその尻尾が事物の進行のバランスを狂わせて人間生活の紛糾や混乱をもたらす動機となっている。迷信だの、いろいろの事に対する偏見というものから今日人間が全く自由になっているということは決していい切れないのが実際・・・ 宮本百合子 「科学の常識のため」
・・・著者が、心からのおくりものとして、人間の進歩の歴史を愛し知識の明るさを愛するあらゆる人々に、事物の正しい理解の方法をつたえようとしている、そのあらわれの一つと思える。「ミケルアンジェロの修業・モデルと思想」というところを読んだものは、歴・・・ 宮本百合子 「現代の心をこめて」
・・・前半におけるモスクワと伸子との相互関係は、伸子がまだそこにある社会生活を総括して政治的なその根元からつかめず、次々に接触する事物からの感銘や批判を摂取して目に見えず内面変革にすすんでゆく、その段階においてとらえられているのである。拙劣に扱わ・・・ 宮本百合子 「心に疼く欲求がある」
・・・そのころはすべての事物に醜い裏が見えて仕方がなかった。多くの人の言動には卑しい動機が見えすいて感じられた。風習と道徳には虚偽が匂った。私はそれを嘲笑せずにはいられない気持ちであった。そうして自分の態度の軽薄には気づかなかった。 これに気・・・ 和辻哲郎 「転向」
出典:青空文庫