・・・そうしてこれが出来なければ、勿論二度とお父さんの所へも、帰れなくなるのに違いありません。「日本の神々様、どうか私が睡らないように、御守りなすって下さいまし。その代り私はもう一度、たとい一目でもお父さんの御顔を見ることが出来たなら、すぐに・・・ 芥川竜之介 「アグニの神」
・・・手前も二度と、春に逢おうなどとは、夢にも存じませんでした。」「我々は、よくよく運のよいものと見えますな。」 二人は、満足そうに、眼で笑い合った。――もしこの時、良雄の後の障子に、影法師が一つ映らなかったなら、そうして、その影法師が、・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・お前たちの母上は全快しない限りは死ぬともお前たちに逢わない覚悟の臍を堅めていた。二度とは着ないと思われる――そして実際着なかった――晴着を着て座を立った母上は内外の母親の眼の前でさめざめと泣き崩れた。女ながらに気性の勝れて強いお前たちの母上・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・一生に二度とは帰って来ないいのちの一秒だ。おれはその一秒がいとしい。ただ逃がしてやりたくない。それを現すには、形が小さくて、手間暇のいらない歌が一番便利なのだ。実際便利だからね。歌という詩形を持ってるということは、我々日本人の少ししか持たな・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・一度、二度と間を置くうち、去年七月の末から、梅水が……これも近頃各所で行われる……近くは鎌倉、熱海。また軽井沢などへ夏季の出店をする。いやどこも不景気で、大したほまちにはならないそうだけれど、差引一ぱいに行けば、家族が、一夏避暑をする儲けが・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・「堅くなりましょうけれど、……あの、もう二度とお通りにはなりません。こんな山奥の、おはなしばかり、お土産に。――この実を入れて搗きますのです、あの、餅よりこれを、お土産に。」と、めりんすの帯の合せ目から、ことりと拾って、白い掌で、こなたに渡・・・ 泉鏡花 「栃の実」
・・・に心に染まない夫を持って、言うに言われないよくよく厭な思いをしましたもの、懲りたのなんのって言うも愚かなことで……なんのために夫を持ちます、わたしは省作という人がないにしても、心の判らない人などの所へ二度とゆく気はありません。この上わたしが・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・の親に死に別れてしまったのでこの様な姿になりましたけれ共それがもうよっぽど時はすぎましたけれ共どうしてもなくなった二親の事が忘られないのでせめて死後供養にもと諸国をめぐり歩くものでございまするから又、二度とお目にかかる事はございますまい。え・・・ 著:井原西鶴 訳:宮本百合子 「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」
・・・「もう、二度とこんな家へ来やせんぞ」と、青木は投げられた物を手に取り、吉弥をにらんで帰って行った。「泥棒じじい!」 吉弥は片足を一歩踏み出すと同時に、あごをもよほど憎らしそうに突き出して、くやしがった。その様子が大変おかしかった・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・君ももしYに会ったら能く訓誡してやってくれ給え。二度と再び島田に裏切るような不品行をしたなら、最う世の中へ出て来られない。一生の廃れ者になってしまう。」七 その頃私はマダ沼南と交際がなかった。沼南の味も率気もない実なし汁のよ・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
出典:青空文庫