・・・ 一つの乳牛に消化不良なのがあって、今井獣医の来たのは井戸ばたに夕日の影の薄いころであった。自分は今井とともに牛を見て、牧夫に投薬の方法など示した後、今井獣医が何か見せたい物があるからといわるるままに、今井の宅にうち連れてゆくことに・・・ 伊藤左千夫 「奈々子」
・・・ 玄関の六畳の間にランプが一つ釣るしてあって、火桶が三つ四つ出してある、その周囲は二人三人ずつ寄っていて笑うやらののしるやら、煙草の煙がぼうッと立ちこめていた。 今井の叔父さんがみんなの中でも一番声が大きい、一番元気がある、一番おも・・・ 国木田独歩 「鹿狩り」
・・・ すると、若い今井先生らしい声がそれに答えて、「何を言ってやがる。俺は愛情でここへ遊びに来ているんじゃないよ。ここはね、単なる宿屋さ。」 私は、むっとして顔を挙げました。 暗い電燈の下で、黙ってうつむいて蒸パンを食べていらっ・・・ 太宰治 「饗応夫人」
・・・大森の今井田さん御夫婦に、ことし七つの良夫さん。今井田さんは、もう四十ちかいのに、好男子みたいに色が白くて、いやらしい。なぜ、敷島なぞを吸うのだろう。両切の煙草でないと、なんだか、不潔な感じがする。煙草は、両切に限る。敷島なぞを吸っていると・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・によそよそしくなって、それまで一ばん仲の良かった安藤さんさえ、私を一葉さんだの、紫式部さまだのと意地のわるい、あざけるような口調で呼んで、ついと私から逃げて行き、それまであんなにきらっていた奈良さんや今井さんのグルウプに飛び込んで、遠くから・・・ 太宰治 「千代女」
・・・三月 十八日 夕立の来そうな霧の濃い不思議な日、自分は興奮してAと一緒に出かける。今井へ行き、都で食事をし、east side に出かける、古本を見に。 二十一日 少し曇り気味の風の吹く日。ミス コーフィールドに電話で歎願して、パ・・・ 宮本百合子 「「黄銅時代」創作メモ」
出典:青空文庫