・・・すると仏前に向っていた和尚は、ほとんど門番の方も振り返らずに、「そうか。ではこちらへ抱いて来るが好い。」と、さも事もなげに答えました。のみならず門番が、怖わ怖わその子を抱いて来ると、すぐに自分が受け取りながら、「おお、これは可愛い子だ。泣く・・・ 芥川竜之介 「捨児」
・・・ と頷いて、「また、今のほどは、御丁寧に――早速御仏前へお料具を申そう。――御子息、それならば、お静に。……ああ、上のその木戸はの、錠、鍵も、がさがさと壊れています。開けたままで宜しい。あとで寺男が直しますでの。石段が欠けて草蓬々じ・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・二つ、お仏器が荒神様へ一つ、鬼子母神様と摩利支天様とへ各一つ宛、御祖師様へ五つ、家廟へは日によって違うが、それだけは毎日欠かさず御茶を供えて、そらから御膳をあげるので、まだ此上に先祖代々の忌日命日には仏前へ御糧供というを上げねばならぬ。これ・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・ 彼と父親とがそうして土下座しているところへ、七十余りになる老人が、仏前に供えた造花の花を二枝手に持って、泣きながらやって来ました。「おじいさんの永生きにあやかりとうてな、こ、こ、これを、もろうて来ました。なあ、おじいさんは永生きじゃっ・・・ 和辻哲郎 「土下座」
出典:青空文庫