・・・生死即涅槃と云い、煩悩即菩提と云うは、悉く己が身の仏性を観ずると云う意じゃ。己が肉身は、三身即一の本覚如来、煩悩業苦の三道は、法身般若外脱の三徳、娑婆世界は常寂光土にひとしい。道命は無戒の比丘じゃが、既に三観三諦即一心の醍醐味を味得した。よ・・・ 芥川竜之介 「道祖問答」
・・・霧の中に落つ 伏姫念珠一串水晶明らか 西天を拝し罷んで何ぞ限らんの情 只道下佳人命偏に薄しと 寧ろ知らん毒婦恨平らぎ難きを 業風過ぐる処花空しく落ち 迷霧開く時銃忽ち鳴る 狗子何ぞ曾て仏性無からん 看経声裡三生を証す ・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・仏教では一切衆生悉有仏性といって、人間でも、畜生でも、生きているものはみな仏になるべき性種をそなえているという。ただそれを磨き出さなければならない。 現代では、日本の新しい女性は科学と芸術とには目を開いたけれども、宗教というものは古臭い・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・低く小さい、鼻よりも、上唇一、二センチ高く腫れあがり、別段、お岩様を気にかけず、昨夜と同じに熟睡うまそう、寝顔つくづく見れば、まごうかたなき善人、ひるやかましき、これも仏性の愚妻の一人であった。 山上通信太宰治 ・・・ 太宰治 「創生記」
・・・あるいは狗子仏性を問答する禅僧である。あるいは釈迦の誕生を見まもる女の群れである。風景を描けば、そこには千の与四郎がたたずんでいる。あるいは維盛最後の悲劇的な心持ちが、山により川によって現わそうと努められている。さらに純然たる幻想の物語を、・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
出典:青空文庫