・・・その中で、『他界に対する観念』は、北村君の宗教的な、考え深い気質をよく現わしたものである。それから国民の友の附録に、『宿魂鏡』という小説を寄稿した事があったが、あれは自分で非常に不出来だったと云って、透谷の透の字を桃という字に換えて、公けに・・・ 島崎藤村 「北村透谷の短き一生」
・・・小坂氏の夫人は既に御他界の様子で、何もかも小坂氏おひとりで処置なさっているらしかった。 私は足袋のために、もうへとへとであった。それでも、持参の結納の品々を白木の台に載せて差し出し、「このたびは、まことに、――」と礼法全書で習いおぼ・・・ 太宰治 「佳日」
・・・――いまから三十五年まえ、父はその頃まだ存命中でございまして、私の一家、と言いましても、母はその七年まえ私が十三のときに、もう他界なされて、あとは、父と、私と妹と三人きりの家庭でございましたが、父は、私十八、妹十六のときに島根県の日本海に沿・・・ 太宰治 「葉桜と魔笛」
・・・しかしながら不幸にして皇后陛下は沼津に御出になり、物の役に立つべき面々は皆他界の人になって、廟堂にずらり頭を駢べている連中には唯一人の帝王の師たる者もなく、誰一人面を冒して進言する忠臣もなく、あたら君徳を輔佐して陛下を堯舜に致すべき千載一遇・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・ シャロットの野に麦刈る男、麦打つ女の歌にやあらん、谷を渡り水を渡りて、幽かなる音の高き台に他界の声の如く糸と細りて響く時、シャロットの女は傾けたる耳を掩うてまた鏡に向う。河のあなたに烟る柳の、果ては空とも野とも覚束なき間より洩れ出づる・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・一八〇四年以前に他界した英雄どもはまことに仕合わせものだ!p.30 テランス男爵 ――彼も戦場では勇敢そのものであったが 帝政時代となってからは、その自信を失った。 スタンダールのアメリカ観 共和主義者観・・・ 宮本百合子 「「緑の騎士」ノート」
出典:青空文庫