・・・…… 桃も桜も、真紅な椿も、濃い霞に包まれた、朧も暗いほどの土塀の一処に、石垣を攀上るかと附着いて、……つつじ、藤にはまだ早い、――荒庭の中を覗いている――絣の筒袖を着た、頭の円い小柄な小僧の十余りなのがぽつんと見える。 そいつ・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
・・・その反対の、山裾の窪に当る、石段の左の端に、べたりと附着いて、溝鼠が這上ったように、ぼろを膚に、笠も被らず、一本杖の細いのに、しがみつくように縋った。杖の尖が、肩を抽いて、頭の上へ突出ている、うしろ向のその肩が、びくびくと、震え、震え、脊丈・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・ 燈一つに附着合って、スッと鳥居を潜って来たのは、三人斉しく山伏なり。白衣に白布の顱巻したが、面こそは異形なれ。丹塗の天狗に、緑青色の般若と、面白く鼻の黄なる狐である。魔とも、妖怪変化とも、もしこれが通魔なら、あの火をしめす宮奴が気絶を・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・ そこから彗星のような燈の末が、半ば開けかけた襖越、仄に玄関の畳へさす、と見ると、沓脱の三和土を間に、暗い格子戸にぴたりと附着いて、横向きに立って誂えた。」「上州のお客にはちょうど可いわね。」「嫌味を云うなよ。……でも、お前は先・・・ 泉鏡花 「第二菎蒻本」
・・・また一組は、おなじく餌を含んで、親雀が、狭い庭を、手水鉢の高さぐらいに舞上ると、その胸のあたりへ附着くように仔雀が飛上る。尾を地へ着けないで、舞いつつ、飛びつつ、庭中を翔廻りなどもする、やっぱり羽を馴らすらしい。この舞踏が一斉に三組も四組も・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・お信たちのいうのでは、玉子色の絹の手巾で顔を隠した、その手巾が、もう附着いていて離れないんですって。……帯をしめるのにも。そうして手巾にと紅糸で端縫をしたのが、苦痛にゆがめて噛緊める唇が映って透くようで、涙は雪が溶けるように、頸脚へまで落ち・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・夫婦になると気抜がして、意地も張もなくなって、ただ附着いていたがって、困った田舎嫁でございます。江戸は本郷も珍しくって見物がしたくってなりません。――そうお母さんがことづけをしたわ。……何だかこの二三日、鬱込んでいらっしゃるから、貴方の氏神・・・ 泉鏡花 「湯島の境内」
・・・触れるとすぐ枝から離れて軍服一面に青い実が附着する泥棒草の草むらや、石崖や、灌木の株がある丘の斜面を兵士は、真直に馳せおりた。 ここには、内地に於けるような、やかましい法律が存在していないことを彼等は喜んだ。責任を問われる心配がない××・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・浮き揚った湯の花はあだかも陰気な苔のように周囲の岩に附着して、極く静かに動揺していた。 新浴場の位置は略崖下の平地と定った。荒れるに任せた谷陰には椚林などの生い茂ったところもある。桜井先生は大尉を誘って、あちこちと見て廻った。今ある自分・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・めし食う男の髭の先に、めしつぶを附着させたら、というのであった。それは、名案ということになった。髭の男に扮している立派な役者は、わかいお弟子の差し出す鏡に向い、その髭の先にめしつぶをくっつけようとあせるのだが、めしつぶは冷え切っていて粘着力・・・ 太宰治 「花燭」
出典:青空文庫