・・・役人は彼等を縛めた後、代官の屋敷へ引き立てて行った。が、彼等はその途中も、暗夜の風に吹かれながら、御降誕の祈祷を誦しつづけた。「べれんの国にお生まれなされたおん若君様、今はいずこにましますか? おん讃め尊め給え。」 悪魔は彼等の捕わ・・・ 芥川竜之介 「おぎん」
・・・三郎治も後難を恐れたと見えて、即座に彼を浦上村の代官所へ引渡した。 彼は捕手の役人に囲まれて、長崎の牢屋へ送られた時も、さらに悪びれる気色を示さなかった。いや、伝説によれば、愚物の吉助の顔が、その時はまるで天上の光に遍照されたかと思うほ・・・ 芥川竜之介 「じゅりあの・吉助」
・・・ 村入りの雁股と申す処に(代官婆という、庄屋のお婆さんと言えば、まだしおらしく聞こえますが、代官婆。……渾名で分かりますくらいおそろしく権柄な、家の系図を鼻に掛けて、俺が家はむかし代官だぞよ、と二言めには、たつみ上がりになりますので。そ・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・ 佐倉宗吾郎一代記という活動写真を見たのは、私の七つか八つの頃の事であったが、私はその活動写真のうちの、宗吾郎の幽霊が悪代官をくるしめる場面と、それからもう一つ、雪の日の子わかれの場を、いまでも忘れずにいる。 宗吾郎が、いよいよ直訴・・・ 太宰治 「父」
・・・らば、公武合体等種々の便利法もありしならんといえども、帝室にして能くその地位を守り幾艱難のその間にも至尊犯すべからざるの一義を貫き、たとえば彼の有名なる中山大納言が東下したるとき、将軍家を目して吾妻の代官と放言したりというがごとき、当時の時・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・よりずっとテーマとして高い複雑な人間交渉のモメントが捉えられているのだが、ここでも作者は息子の荘太郎は従において、代官神川平助を中心においている。神川平助の性格でもあるのだが、年齢が語る幾歳月の生活感情の習慣が、代官神川の農民救済の善意を独・・・ 宮本百合子 「作品の主人公と心理の翳」
・・・仲平は六十六で陸奥塙六万三千九百石の代官にせられたが、病気を申し立てて赴任せずに、小普請入りをした。 住いは六十五のとき下谷徒士町に移り、六十七のとき一時藩の上邸に入っていて、麹町一丁目半蔵門外の壕端の家を買って移った。策士雲井龍雄と月・・・ 森鴎外 「安井夫人」
出典:青空文庫