・・・拝領致しとうございまする。」 斉広は思わず手にしていた煙管を見た。その視線が、煙管へ落ちたのと、河内山が追いかけるように、語を次いだのとが、ほとんど同時である。「如何でございましょう。拝領仰せつけられましょうか。」 宗俊の語の中・・・ 芥川竜之介 「煙管」
・・・ こう云う治修は今度のことも、自身こう云う三右衛門に仔細を尋ねて見るよりほかに近途はないと信じていた。 仰せを蒙った三右衛門は恐る恐る御前へ伺候した。しかし悪びれた気色などは見えない。色の浅黒い、筋肉の引き緊った、多少疳癖のあるらし・・・ 芥川竜之介 「三右衛門の罪」
・・・本来ならばそんな事は、恐れ多い次第なのですが、御主人の仰せもありましたし、御給仕にはこの頃御召使いの、兎唇の童も居りましたから、御招伴に預った訳なのです。 御部屋は竹縁をめぐらせた、僧庵とも云いたい拵えです。縁先に垂れた簾の外には、前栽・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・佐渡守様もあのように、仰せられますからは、残念ながら、そうなさるよりほかはございますまい。が、まず一応は、御一門衆へも……」「いや、いや、隠居の儀なら、林右衛門の成敗とは変って、相談せずとも、一門衆は同意の筈じゃ。」 修理、こう云っ・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・道祖神は、それにも気のつかない容子で、「されば、恵心の御房も、念仏読経四威儀を破る事なかれと仰せられた。翁の果報は、やがて御房の堕獄の悪趣と思召され、向後は……」「黙れ。」 阿闍梨は、手頸にかけた水晶の念珠をまさぐりながら、鋭く・・・ 芥川竜之介 「道祖問答」
・・・内侍所に召されて、禄おもきものにて候にと申したりければ、とても人数なれば、ただ舞わせよと仰せ下されければ、静が舞いたりけるに、しんむしょうの曲という白拍子を、―― 燈を消すと、あたりがかえって朦朧と、薄く鼠色に仄めく向うに、石の反橋・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・謂う時は、かの恐しき魔法使の整え来ぬとも料り難く因りて婆々が思案には、(其方の言分承知したれど、親の許のなくてはならず、母上だに引承たまわば何時にても妻とならん、去ってまず母上に請来と、かように貴娘が仰せられし、と私より申さむか、何がさて母・・・ 泉鏡花 「妖僧記」
・・・「どうぞ。……女万歳の広告に。」「仰せのとおり。――いや、串戯はよして。いまの並べた傘の小間隙間へ、柳を透いて日のさすのが、銀の色紙を拡げたような処へ、お前さんのその花についていたろう、蝶が二つ、あの店へ翔込んで、傘の上へ舞ったのが・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・「ついてはご自身で返事書きたき由仰せられ候まま御枕もとへ筆墨の用意いたし候ところ永々のご病気ゆえ気のみはあせりたまえどもお手が利き候わず情けなき事よと御嘆きありせめては代筆せよと仰せられ候間お言葉どおりを一々に書き取り申し候 必・・・ 国木田独歩 「遺言」
・・・「エーと仰せられましても、エーでごわせんだ。……めんどうくせえ、モーやめた。やめた、……加と男の肖像をつくること、やめた! ねえ、そうじゃアないか満谷の大将」と中倉先生の気炎少しくあがる。自分が満谷である。「今晩は」と柄にない声を出・・・ 国木田独歩 「号外」
出典:青空文庫