・・・ たしか二年のときであったと思うが、ある日、運動会のあった翌日だからというので、先生がたに交渉して休みにしてもらおうとした。ほかの先生はだいたい休みということになったが、物理の受け持ちの田丸先生はなかなか容易に承諾を与えられなかった。そ・・・ 寺田寅彦 「田丸先生の追憶」
・・・しかしそういう適当な休み場所がまだ出来なかった去年頃まで、自分は友達を待ち合わしたり、あるいは散歩の疲れた足を休めたり、または単に往来の人の混雑を眺めるためには、新橋停車場内の待合所を択ぶがよいと思っていた。 その頃には銀座界隈には、己・・・ 永井荷風 「銀座」
・・・事実の大局から云えば活力を吾好むところに消費するというこの工夫精神は二六時中休みっこなく働いて、休みっこなく発展しています。元々社会があればこそ義務的の行動を余儀なくされる人間も放り出しておけばどこまでも自我本位に立脚するのは当然だから自分・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・ 彼は鼻の穴を気にしながら遂々十一時間、――その間に昼飯と三時休みと二度だけ休みがあったんだが、昼の時は腹の空いてる為めに、も一つはミキサーを掃除していて暇がなかったため、遂々鼻にまで手が届かなかった――の間、鼻を掃除しなかった。彼の鼻・・・ 葉山嘉樹 「セメント樽の中の手紙」
・・・早桶は休みもしないでとうとう夜通しに歩いて翌日の昼頃にはとある村へ着いた。其村の外れに三つ四つ小さい墓の並んでいる所があって其傍に一坪許りの空地があったのを買い求めて、棺桶は其辺に据えて置いて人夫は既に穴を掘っておる。其内に附添の一人は近辺・・・ 正岡子規 「死後」
・・・ぼくはみんなが修学旅行へ発つ間休みだといって学校は欠席しようと思ったのだ。すると父がまたしばらくだまっていたがとにかくもいちど相談するからと云ってあとはいろいろ稲の種類のことだのふだんきかないようなことまでぼくにきいた。ぼくはけれども気持ち・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・しかし、偶然は、そういう作品をも或る休みの日の夜、人々の手にとらせるのだ。その人は、何の気もなしに読む。そして何と思うだろう。どんな感じがしただろう。 勤労して生きるすべての人の新しい文学の胎動と可能のめざめは、この単純な、どんな感じが・・・ 宮本百合子 「新しい文学の誕生」
・・・ご免をこうむってちょっと一休みいたしましょう」 こう言って長十郎は起って居間にはいったが、すぐに部屋の真ん中に転がって、鼾をかきだした。女房があとからそっとはいって枕を出して当てさせたとき、長十郎は「ううん」とうなって寝返りをしただけで・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・「陛下、今宵は静にお休みなされませ。陛下はお狂いなされたのでございます」 ペルシャの鹿の模様は鎮まった。彫刻の裸像はひとり円柱の傍で光った床の上の自身の姿を見詰めていた。すると、突然、緋の緞帳の裾から、桃色のルイザが、吹きつけた花の・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・彼は、「生の流転をはかなむ心持ちに纏絡する煩わしい感情から脱したい、乃至時々それから避けて休みたい、ある土台を得たい」という心を起こすのである。そうしてそれが、たとい時に彼を宗教へ向かわせるにしても、結局宗教芸術に現われた、「永久味」の味到・・・ 和辻哲郎 「享楽人」
出典:青空文庫