・・・ それでもなお毛利先生は、休憩時間の喇叭が鳴り渡るまで、勇敢に訳読を続けて行った。そうして、ようやく最後の一節を読み終ると、再び元のような悠然たる態度で、自分たちの敬礼に答えながら、今までの惨澹たる悪闘も全然忘れてしまったように、落ち着・・・ 芥川竜之介 「毛利先生」
・・・彼女は休憩時間にもシュミイズ一枚着たことはなかった。のみならずわたしの言葉にももの憂い返事をするだけだった。しかしきょうはどうしたのか、わたしに背中を向けたまま、(わたしはふと彼女の右の肩に黒子絨氈の上に足を伸ばし、こうわたしに話しかけた。・・・ 芥川竜之介 「夢」
・・・貴下様組は、この時間御休憩で?」「源助、その事だ。」「はい。」 と獅噛面を後へ引込めて目を据える。 雑所は前のめりに俯向いて、一服吸った後を、口でふっふっと吹落して、雁首を取って返して、吸殻を丁寧に灰に突込み、「閉込んで・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・××港から船に乗り込む前の二時間ばかり、××町の東三〇〇米の地点で休憩するから面会に来てくれというSの頼みをまつ迄もなく、私はSを見送る喜びに燃えた。 その前夜から、雨まじりのひどい颶風であった。面会の時間はかなりの早朝だったから、原稿・・・ 織田作之助 「面会」
・・・ 鼾は公演場の休憩室の隅にあるソファから聴えていた。 いつ、どこから、どう潜り込んだのか、そのソファの上で、眠っている人間がいるのだ。 宿なしにしては気の利いた寝床だ。洒落ている。洒落ているといえば、宿なしとは見えぬくらい、洒落・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・ 休憩の時間が来たとき私は離れた席にいる友達に目めくばせをして人びとの肩の間を屋外に出た。その時間私とその友達とは音楽に何の批評をするでもなく黙り合って煙草を吸うのだったが、いつの間にか私達の間できまりになってしまった各々の孤独というこ・・・ 梶井基次郎 「器楽的幻覚」
・・・その頃の事だが、或る日、昼飯後の休憩時間に、僕は療養所の門のところに立ってぼんやり往来を眺めていた。日でり雨というのか、お天気がよいのに、こまかく金色に光る雨が時々ぱらぱらと降って来る。燕が、道路に腹がすれすれになるくらいに低く飛んで飛び去・・・ 太宰治 「雀」
・・・彼は工場の中の一室に寝起きしているのであって、彼の休憩の時間は彼の葉書に依ってちゃんと知らされていますから、私はその彼の休み時間に、ちょっと訪問するというわけなのであります。彼が事務所にやってくるまで、私は事務所の片隅の小さい椅子に腰かけて・・・ 太宰治 「東京だより」
・・・カアキ色の団服を着ていそがしげに群集を掻きわけて歩き廻っている老人を、つかまえて尋ねると、T君の部隊は、山門の前にちょっと立ち寄り、五分間休憩して、すぐにまた出発、という答えであった。私たちは境内から出て、山門の前に立ち、T君の部隊の到着を・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・私が、その休憩時間、お友達にそう言ってやりましたら、お友達も、みんな素直に共鳴して下さいました。いちど先生に連れられて、クラス全部で、上野の科学博物館へ行ったことがございますけれど、たしか三階の標本室で、私は、きゃっと悲鳴を挙げ、くやしく、・・・ 太宰治 「皮膚と心」
出典:青空文庫