・・・ 本間さんは、一週間ばかり前から春期休暇を利用して、維新前後の史料を研究かたがた、独りで京都へ遊びに来た。が、来て見ると、調べたい事もふえて来れば、行って見たい所もいろいろある。そこで何かと忙しい思をしている中に、いつか休暇も残少なにな・・・ 芥川竜之介 「西郷隆盛」
一 中学の三年の時だった。三学期の試験をすませたあとで、休暇中読む本を買いつけの本屋から、何冊だか取りよせたことがある。夏目先生の虞美人草なども、その時その中に交っていたかと思う。が、中でもいちばん大部・・・ 芥川竜之介 「樗牛の事」
・・・去年まず検事補に叙せられたのが、今年になって夏のはじめ、新に大審院の判事に任ぜられると直ぐに暑中休暇になったが、暑さが厳しい年であったため、痩せるまでの煩いをしたために、院が開けてからも二月ばかり病気びきをして、静に療養をしたので、このごろ・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・が、地方としては、これまで経歴ったそこかしこより、観光に価値する名所が夥い、と聞いて、中二日ばかりの休暇を、紫玉はこの土地に居残った。そして、旅宿に二人附添った、玉野、玉江という女弟子も連れないで、一人で密と、……日盛もこうした身には苦にな・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・ ある夏のこと、ちょうど休暇が終わりかけるころから、年郎くんの家のいちじゅくは、たくさん実を結んで、それは紫色に熟して、見るからにおいしそうだったのです。 ちょうど遊びにきた吉雄くんは、これを見て、びっくりしました。「これは、い・・・ 小川未明 「いちじゅくの木」
・・・また暑中休暇の期間だけ、閑静な処にて自然に親しませることは、虚弱な児童等にとって必要なことである。林間学校、キャンプ生活、いずれも理想的なるに相違ないが、それには、費用のかゝることであり、無産者の子供は、加わることができない。要は、適当なる・・・ 小川未明 「児童の解放擁護」
最近私の友人がたまたま休暇を得て戦地から帰って来た。○日ののちには直ぐまた戦地へ戻らねばならぬ慌しい帰休であった。 久し振りのわが家へ帰ったとたんに、実は藪から棒の話だがと、ある仲人から見合いの話が持ち込まれた。彼の両・・・ 織田作之助 「十八歳の花嫁」
・・・が、主人は、彼等の様子の尋常で無さそうなのを看て取って、暑中休暇で室も明いてるだろうのに、空間が無いと云ってきっぱりと断った。併しもう時間は十時を過ぎていた。で彼は今夜一晩だけでもと云って頼んでいると、それを先刻から傍に坐って聴いていた彼の・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・自分も十五六年前までは暑中休暇で村に帰っていると、五里ほど汽車に乗ってお盆の墓参りに来たものだが、その後は一度も訪ねてなかった。父も不幸な没落後三十年ぶりで、生れ故郷の土に眠むるべく、はるばると送られてきたのだった。途中自動車の中から、昔の・・・ 葛西善蔵 「父の葬式」
・・・ それは彼が休暇に田舎へ帰っていたある朝の記憶であった。彼はそのとき自分が危く涙を落としそうになったのを覚えていた。そして今も彼はその記憶を心の底に蘇らせながら、眼の下の町を眺めていた。 ことに彼にそういう気持を起こさせたのは、一棟・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
出典:青空文庫