・・・高等学校時代に夏期休暇で帰省する頃にはもういつも盛りを過ぎていた。「二、三日前までは好いのがあったのに」という場合がしばしばあった。「お銀がつくった大ももは」という売声には色々な郷土伝説的の追憶も結び付いている。それから十市の作さんという楊・・・ 寺田寅彦 「郷土的味覚」
・・・であった暑中休暇も廃止されるくらいであるから。 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・それでいつもはきまって帰省する暑中休暇をその年はじめてどこへも行かずにずっと東京で暮らす事になった。長い休暇の所在なさを紛らす一つの仕事として私はヴァイオリンのひとり稽古をやっていた。その以前から持ってはいたが下宿住まいではとかく都合のよく・・・ 寺田寅彦 「二十四年前」
・・・ 話は前へもどって、わたくしは七月の初東京の家に帰ったが、間もなく学校は例年の通り暑中休暇になるので、家の人たちと共に逗子の別荘に往き九月になって始めて学校へ出た。しかしこれまで幾年間同じ級にいた友達とは一緒になれず、一つ下の級の生徒に・・・ 永井荷風 「十六、七のころ」
・・・ 私は毎年の暑中休暇を東京に送り馴れたその頃の事を回想して今に愉快でならぬのは七月八月の両月を大川端の水練場に送った事である。 自分は今日になっても大川の流のどの辺が最も浅くどの辺が最も深く、そして上汐下汐の潮流がどの辺において最も・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・ あのイーハトーヴォの岩礁の多い奇麗な海岸へ行って今ごろありもしない卵をさがせというのはこれは慰労休暇のつもりなのだ。それほどわたくしが所長にもみんなにも働いていると思われていたのか、ありがたいありがたいと心の中で雀躍しました。すると所・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・中には折角組合が自分たち働く者の全体としての条件の一つとしてかちとった婦人の生理休暇について、婦人たちを恥かしがらせるような批評をする人さえもある。実際今日組合は、婦人のために、つまり未来の妻と母のために、女性を保護する大切な生理休暇をかち・・・ 宮本百合子 「明日をつくる力」
・・・だから若い進歩的な人々は、ただ親を――古い時代を論破するという段階からはずっと進みでているわけで、休暇中に国へ帰っている学生たちの仕事は、その土地での生活擁護のいろいろな活動に入っていって、実際に土地の住民としての親が苦しんでいる問題を解決・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・女が男と同じ賃銀をとることができても、その上に母性が必要とする生理的休暇、健康相談、托児所がなければ、婦人の勤労者として自然にしたがった生活はあり得ないのである。 しばしば例に引く科学主義工業の主唱者は、高賃銀低コストを目標としているの・・・ 宮本百合子 「新しい婦人の職場と任務」
・・・ 八月になって、司令部のものもてんでに休暇を取る。師団長は家族を連れて、船小屋の温泉へ立たれた。石田は纏まった休暇を貰わずに、隔日に休むことにしている。 表庭の百日紅に、ぽつぽつ花が咲き始める。おりおり蝉の声が向いの家の糸車の音にま・・・ 森鴎外 「鶏」
出典:青空文庫