・・・ 三 陣中の芝居 明治三十八年五月四日の午後、阿吉牛堡に駐っていた、第×軍司令部では、午前に招魂祭を行った後、余興の演芸会を催す事になった。会場は支那の村落に多い、野天の戯台を応用した、急拵の舞台の前に、天幕を張り渡・・・ 芥川竜之介 「将軍」
ある雨の降る日の午後であった。私はある絵画展覧会場の一室で、小さな油絵を一枚発見した。発見――と云うと大袈裟だが、実際そう云っても差支えないほど、この画だけは思い切って彩光の悪い片隅に、それも恐しく貧弱な縁へはいって、忘れ・・・ 芥川竜之介 「沼地」
・・・ おやおや、会場は近かった。土橋寄りだ、と思うが、あの華やかな銀座の裏を返して、黒幕を落したように、バッタリ寂しい。……大きな建物ばかり、四方に聳立した中にこの仄白いのが、四角に暗夜を抽いた、どの窓にも光は見えず、靄の曇りで陰々としてい・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・そのころ東成禁酒会の宣伝隊長は谷口という顔の四角い人でしたが、私は谷口さんに頼まれて時々演説会場で禁酒宣伝の紙芝居を実演したり、東成禁酒会附属少年禁酒会長という肩書をもらって、町の子供を相手に禁酒宣伝や貯金宣伝の紙芝居を見せたりしました。そ・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・ 寺院に掛け合って、断られたので、商人宿の一番広い部屋を二つ借り受け、襖を外して、ぶっ通しの広間をつくり、それを会場にした。それから、「仁寄せ」に掛った。「仁寄せ」などと言えば、香具師めくが、やはりここはあくまでこの言葉でなくてはな・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・ 伊助の浄瑠璃はお光が去ってからきゅうに上達し、寺田屋の二階座敷が素義会の会場につかわれるなど、寺田屋には無事平穏な日々が流れて行ったが、やがて四、五年すると、西国方面の浪人たちがひそかにこの船宿に泊ってひそびそと、時にはあたり憚か・・・ 織田作之助 「螢」
・・・それがいつか彼の口から出版屋の方へ伝わり、出版屋の方でも賛成ということで、葉書の印刷とか会場とかいうような事務の方を出版屋の方でやってくれることになったのだ。だからむろん原口や私の名も、そのうちにはいっていなければならぬはずだ。それを勝手に・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・私が聴いたのは何週間にもわたる六回の連続音楽会であったが、それはホテルのホールが会場だったので聴衆も少なく、そのため静かなこんもりした感じのなかで聴くことができた。回数を積むにつれて私は会場にも、周囲の聴衆の頭や横顔の恰好にも慣れて、教室へ・・・ 梶井基次郎 「器楽的幻覚」
・・・今すぐ会場へ引返してみたところで、と叱られるくらいがおちであろうと、永いことさまよいました。人に甘え、世に甘え、自分にないものを、何かしらん、かくし持ってあるが如くに見せかける、その思わせぶりを、人もあろうに、あなたに指さされ、かなしかった・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・でも、新聞でもあんなに、ひどくほめられるし、出品の画が、全部売り切れたそうですし、有名な大家からも手紙が来ますし、あんまり、よすぎて、私は恐しい気が致しました。会場へ、見に来いと、あなたにも、但馬さんにも、あれほど強く言われましたけれど、私・・・ 太宰治 「きりぎりす」
出典:青空文庫