・・・ からかうようにこういったのは、木村という電気会社の技師長だった。「冗談いっちゃいけない。哲学は哲学、人生は人生さ。――所がそんな事を考えている内に、三度目になったと思い給え。その時ふと気がついて見ると、――これには僕も驚いたね。あ・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
この話の主人公は忍野半三郎と言う男である。生憎大した男ではない。北京の三菱に勤めている三十前後の会社員である。半三郎は商科大学を卒業した後、二月目に北京へ来ることになった。同僚や上役の評判は格別善いと言うほどではない。しか・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・父は長い間の官吏生活から実業界にはいって、主に銀行や会社の監査役をしていた。そして名監査役との評判を取っていた。いったい監査役というものが単に員に備わるというような役目なのか、それとも実際上の威力を営利事業のうえに持っているものなのかさえ本・・・ 有島武郎 「親子」
・・・そしてその学校の行きかえりにはいつでもホテルや西洋人の会社などがならんでいる海岸の通りを通るのでした。通りの海添いに立って見ると、真青な海の上に軍艦だの商船だのが一ぱいならんでいて、煙突から煙の出ているのや、檣から檣へ万国旗をかけわたしたの・・・ 有島武郎 「一房の葡萄」
・・・当時は町を離れた虎杖の里に、兄妹がくらして、若主人の方は、町中のある会社へ勤めていると、この由、番頭が話してくれました。一昨年の事なのです。 ――いま私は、可恐い吹雪の中を、そこへ志しているのであります―― が、さて、一昨年のその時・・・ 泉鏡花 「雪霊記事」
・・・しかるべき学校は出たのだそうだが、ある会社の低い処を勤めていて、俳句は好きばかり、むしろ遊戯だ。処で、はじめは、凡俳、と名のったが、俳句を遊戯に扱うと、近来は誰も附合わない。第一なぐられかねない。見ずや、きみ、やかなの鋭き匕首をもって、骨を・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・瓦斯会社が来る。交換局が来る。保険会社が来る。麦酒の箱が積まれる。薦被りが転がり込む。鮨や麺麭や菓子や煎餅が間断なしに持込まれて、代る/″\に箱が開いたかと思うと咄嗟に空になった了った。 誰一人沈としているものは無い。腰を掛けたかと思う・・・ 内田魯庵 「灰燼十万巻」
・・・中には小さな利己的な潔癖から、自分の家へ友達を呼んで来るのを厭うような母親もあるが、そうしたことが、子供をして将来、個人主義者たらしめたり、会社へ出ても、他と共に協力の出来ぬ、憐れむべき人間にする結果となります。 これから教育は、家庭に・・・ 小川未明 「お母さんは僕達の太陽」
・・・その客というのは東京のあるレコード会社の重役でしたが、文子はその客が好かぬらしく、だからたまたま幼馴染みの私がその宿屋の客引をしていたのを幸い、土産物を買いに出るといっては、私を道案内にしました。そして、二人は子供のころの想い出話に耽ったの・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・新モスの胴着や綿入れは、やはり同じ下宿人の会社員の奥さんが縫ってくれて、それもできてきて、彼女の膝の前に重ねられてあった。「いったいどんな気がしているのかなあ?……あんなことをしていて。……やはり男性には解らない感じのものかもしれないな・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
出典:青空文庫