ささきがんりゅう【佐々木巌流】
[?〜1612]江戸初期の剣客。通称、小次郎。越前の人といわれ、長刀による燕 (つばめ) 返しの剣法を発案。宮本武蔵と巌流島で闘い敗死。
ささききいち【佐々木基一】
[1914〜1993]評論家。広島の生まれ。本名、永井善次郎。第二次大戦後、文芸・前衛芸術・映像文化など幅広い分野の評論活動に活躍。雑誌「近代文学」創刊に参加。著作に「私のチェーホフ」「個性復興」「リアリズムの探求」「革命と芸術」「映像論」など。
ささきこじろう【佐々木小次郎】
佐々木巌流の通称。
ささきじょう【佐々木譲】
[1950〜 ]小説家。北海道の生まれ。本名、譲 (ゆずる) 。「鉄騎兵、跳んだ」で作家デビュー。「廃墟に乞う」で直木賞受賞。他に、第二次大戦を舞台にした三部作「ベルリン飛行指令」「エトロフ発緊急電」「ストックホルムの密使」、歴史小説「武楊伝」など。
ささきそういち【佐々木惣一】
[1878〜1965]法学者。鳥取の生まれ。憲法および行政法の権威として、天皇機関説、民本主義を主張。京大教授。在任中、滝川事件に連座して退官、のち、立命館大学学長。第二次大戦後、帝国憲法の改正に参画。文化勲章受章。著「日本国憲法論」など。
ささきたかうじ【佐々木高氏】
[1306〜1373]南北朝時代の武将。京極氏の出。法名、導誉。足利尊氏に従い、室町幕府創立に参与。近江 (おうみ) ・出雲・上総 (かずさ) などの守護。和歌・連歌をよくし、立て花・猿楽など芸能の保護にも努めた。
ささきたかつな【佐々木高綱】
[?〜1214]鎌倉初期の武将。源頼朝の家臣。宇治川の合戦で名馬生唼 (いけずき) に乗り梶原景季 (かじわらかげすえ) と先陣を争って名をあげた。のち、賞の薄いのを恨み出家。
ささきたかゆき【佐々木高行】
[1830〜1910]政治家。土佐の人。大政奉還運動に参加。明治維新後、新政府に加わり、岩倉遣外使節団に随行。宮中で勢力を有し、日記「保古飛呂比 (ほごひろい) 」を残した。
ささきのぶつな【佐佐木信綱】
[1872〜1963]歌人・国文学者。三重の生まれ。弘綱の長男。「竹柏会」を主宰、歌誌「心の花」を刊行して多くの歌人を育成。また、万葉集の研究や和歌の史的研究などに業績を残した。文化勲章受章。歌集「思草」、論文集「歌学論叢」など。
ささきひろつな【佐佐木弘綱】
[1828〜1891]国学者・歌人。伊勢の人。号、竹柏園。足代弘訓 (あじろひろのり) の門下。子の信綱とともに「日本歌学全書」を編集。