・・・に「戦士の亡骸が運び込まれたのを見ても彼女は気絶もせず泣きもしなかったので、侍女たちは、これでは公主の命が危ういと言った、その時九十歳の老乳母が戦士の子を連れて来てそっと彼女のひざに抱きのせた、すると、夏の夕立のように涙が降って来た」という・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
岩佐又兵衛作「山中常盤双紙」というものが展覧されているのを一見した。そのとき気付いたことを左に覚書にしておく。 奥州にいる牛若丸に逢いたくなった母常盤が侍女を一人つれて東へ下る。途中の宿で盗賊の群に襲われ、着物を剥がれ・・・ 寺田寅彦 「山中常盤双紙」
・・・雅人ハ則紅袖翠鬟ヲ拉シ、三五先後シテ伴ヲ為シ、貴客ハ則嬬人侍女ヲ携ヘ一歩二歩相随フ。官員ハ則黒帽銀、書生ハ則短衣高屐、兵隊ハ則洋服濶歩シ、文人ハ則瓢酒ニシテ逍遥ス。茶肆ノ婢女冶装妖飾、媚ヲ衒ヒ客ヲ呼ブ。而シテ樹下ニ露牀ヲ設ケ花間ニ氈席ヲ展ベ・・・ 永井荷風 「上野」
・・・背後の壁にもたれて二三人の女が泣き崩れている、侍女ででもあろうか。白い毛裏を折り返した法衣を裾長く引く坊さんが、うつ向いて女の手を台の方角へ導いてやる。女は雪のごとく白い服を着けて、肩にあまる金色の髪を時々雲のように揺らす。ふとその顔を見る・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・で手負いの侍女が、死にかかりながら、主君の最期を告げに来るのに、傍にいる朋輩が、体を支えてやろうともしないで、行儀よく手を重ねて見ているのも気がついた。何も、わざとらしい動作をするには及ばない。只、そういう非常な場合、人間なら当然人間同士感・・・ 宮本百合子 「印象」
・・・私は、謙譲な 一人の侍女それ等の果物を一つ一つみのるがまま、色づくがまま捧げて 神に供える。朝 園を見まわり身体を浄め心 裸身で大理石の 祭壇に ぬかずく。或時は 常春藤の籠にもり或時は 石蝋・・・ 宮本百合子 「五月の空」
・・・ ロオル・ベルニィ夫人の父というのは、ルイ十六世の宮廷に出入してマリイ・アントワネットの音楽教師を勤めたヒンネルというドイツ人であり、母は、ルイズと云い、マリイ・アントワネットの侍女の一人であった。父の死後母は熱心な王党員である司令副官・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・家庭医ルシアン・ワリツキイ、侍女などを連れ、ロシアを去って、フランスに暮すようになった。マリアは少女時代を南フランスのニースで育った。当時ロシアの貴族はフランス語を社交語として暮していたばかりでなく、マリアのこういう特別な境遇が一層フランス・・・ 宮本百合子 「マリア・バシュキルツェフの日記」
出典:青空文庫