・・・はいる目的によって、また地理的な便利、不便利によって、どうもぐりこもうと、勝手である。誰も文句はいわない。 しかし、少くとも寺と名のつく以上、れっきとした表門はある。千日前から道頓堀筋へ抜ける道の、丁度真中ぐらいの、蓄音機屋と洋品屋の間・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・ 小婢が上って来て、部屋には便利炭の蝋が匂った。喬は満足に物が言えず、小婢の降りて行ったあとで、そんなすぐに手の裏返したようになれるかい、と思うのだった。 女はなかなか来なかった。喬は屈託した気持で、思いついたまま、勝手を知ったこの・・・ 梶井基次郎 「ある心の風景」
・・・自分は便利のためにこれをここに引用する必要を感ずる――武蔵野は俗にいう関八州の平野でもない。また道灌が傘の代りに山吹の花を貰ったという歴史的の原でもない。僕は自分で限界を定めた一種の武蔵野を有している。その限界はあたかも国境または村境が山や・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・公園のみは寒気強きところなれば樹木の勢いもよからで、山水の眺めはありながら何となく飽かぬ心地すれど、一切の便利は備わりありて商家の繁盛云うばかり無し。客窓の徒然を慰むるよすがにもと眼にあたりしままジグビー、グランドを、文魁堂とやら云える舗に・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
・・・交通の便利は未だ十分ならず、商業機関の発達も猶幼稚であった時に際して、信頼すべき倉庫が、殆んど唯一の此の大商業地に必要で有ったろうことは云うまでも無い。納屋貸衆は多くの信ぜらるる納屋を有していて之を貸し、或は其在庫品に対して何等かの商業上の・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・それとも御便利なように、何かほかの形にして差し上げるようにしましょうか。」 と、そこの銀行員が尋ねるので、私は例の小切手を現金に換えてもらうことにした。私が支払い口の窓のところで受け取った紙幣は、風呂敷包みにして、次郎と二人でそれを分け・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・そればかりか、耳にさえさわれば食べるものや飲むものがすぐにどこからか出て来るというのですから、これほど便利なことはありません。 ウイリイは、馬を早めて、丘や谷をどんどん越して、しまいに大きな、涼しい森の中へはいりました。そして、馬の息を・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・王子は、「いや、これは便利な男がいたものだ。」と、すっかりかんしんして、「これから私のお供になってくれないか。」と言いました。「へいへい、それはねがってもない幸でございます。」と、棒は大喜びで、すぐに家来になりました。王子は二人・・・ 鈴木三重吉 「ぶくぶく長々火の目小僧」
・・・式の学者の態度をおとりにならないところに、この編纂者のよさもあるのですが、やはり、ちょっと字典でも調べて原作者の人となりを伝えて下さったほうが、私のような不勉強家には、何かと便利なように思われます。とにかく、そんなに名高くない作者にちがいな・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・誰だか言った、電車で女を見るのは正面ではあまりまばゆくっていけない、そうかと言って、あまり離れてもきわだって人に怪しまれる恐れがある、七分くらいに斜に対して座を占めるのが一番便利だと。男は少女にあくがれるのが病であるほどであるから、むろん、・・・ 田山花袋 「少女病」
出典:青空文庫