・・・いや、耳を借さない所か、彼はその権妻と云う言が大嫌いで、日頃から私をつかまえては、『何しろいくら開化したと云った所で、まだ日本では妾と云うものが公然と幅を利かせているのだから。』と、よく哂ってはいたものなのです。ですから帰朝後二三年の間、彼・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・己がこの己の口で、公然と云い出した事なのだ。「渡を殺そうではないか。」――己があの女の耳に口をつけて、こう囁いた時の事を考えると、我ながら気が違っていたのかとさえ疑われる。しかし己は、そう囁いた。囁くまいと思いながら、歯を食いしばってまでも・・・ 芥川竜之介 「袈裟と盛遠」
・・・世間は公然、私を嘲り始めました。そうしてまた、私の妻を憎み始めました。現にこの頃では、妻の不品行を諷した俚謡をうたって、私の宅の前を通るものさえございます。私として、どうして、それを黙視する事が出来ましょう。 しかし、私が閣下にこう云う・・・ 芥川竜之介 「二つの手紙」
・・・そうして二三度先生が訳読を繰返す間には、その笑い声も次第に大胆になって、とうとうしまいには一番前の机からさえ、公然と湧き返るようになった。こう云う自分たちの笑い声がどれほど善良な毛利先生につらかったか、――現に自分ですら今日その刻薄な響を想・・・ 芥川竜之介 「毛利先生」
・・・お貞、ずるい根性を出さないで、表向に吾を殺して、公然、良人殺しの罪人になるのだ。お貞、良人殺の罪人になるのだ。うむお貞。 吾を見棄てるか、吾を殺すか、うむ、どちらにするな。何でも負債を返さないでは、あんまり冥利が悪いでないか。いや、ない・・・ 泉鏡花 「化銀杏」
・・・こっちから訊きもしないのに何故こんな内幕咄をするのか解らなかったが、一と月ばかり経って公然入社の交渉を受けた時初めて思い当った。この交渉は相互の事情でそれぎりとなったが、緑雨と私との関係はそれが縁となって一時はかなり深く交際した。 尤も・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・ 近来はアイコノクラストが到る処に跋扈しておるから、先輩たる坪内君に対して公然明言するものはあるまいが、内々では坪内君の文学は自分等とは交渉しないナドトいってるものもあるかも知れぬが、坪内君が新らしい文学の道を開いてくれなかったなら今日・・・ 内田魯庵 「明治の文学の開拓者」
・・・そうしてわたくしの恋愛を潔く、公然と相手に奪われてしまおうと存じました。」「それが反対になって、わたくしが勝ってしまいました時、わたくしはただ名誉を救っただけで、恋愛を救う事が出来なかったのに気が付きました。総ての不治の創の通りに、恋愛・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・彼等の中には、他に幾つも別荘を所有する者もあって、たゞ一つという訳でなく、所有欲より、すべての山林、畑地の名儀にて登記し、公然、脱税せるものもあるのだ。かりに、これを借りることも、規律正しく使用するに於ては、ために一木一草を損うことなくすむ・・・ 小川未明 「児童の解放擁護」
・・・お君の関心が豹一にすっかり移ってしまったので、安二郎は豹一の存在を徳とし、豹一の病気を本能的に怖れていても公然とはいやな顔をしなかった。 しかし豹一は二月も寝ていなかった。絶えず何かの義務を自分に課していなければ気のすまぬ彼は、無為徒食・・・ 織田作之助 「雨」
出典:青空文庫