・・・意気込の凄まじいのと態度の物々しいのとに呑まれて、聴かされたものは大抵巧いもんだと出鱈目を感服したので、とうとう椿岳は琵琶の名人という事になった。椿岳は諸芸に通じていたに違いないが、中にはこういう人を喰った芸も多かった。 椿岳の山門生活・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・此凄まじい日に照付られて、一滴水も飲まなければ、咽喉の炎えるを欺す手段なく剰さえ死人の臭が腐付いて此方の体も壊出しそう。その臭の主も全くもう溶けて了って、ポタリポタリと落来る無数の蛆は其処らあたりにうようよぞろぞろ。是に食尽されて其主が全く・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・その音は凄まじい。気持にはある混乱が起こって来る。大工とか左官とかそういった連中が溪のなかで不可思議な酒盛りをしていて、その高笑いがワッハッハ、ワッハッハときこえて来るような気のすることがある。心が捩じ切れそうになる。するとそのとたん、道の・・・ 梶井基次郎 「闇の絵巻」
・・・支柱がはずされたあとは、くずれた岩や土が、柱が突きはずされると同時に、凄まじい音を立てゝなだれ落ちて来た。「こういうところを見せてやりたいなあ!」 十一時頃に、井村は、坑口にまで上ってきた。そして検査官が這入って来るのを待った。川の・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・て退きょかああわれこれをいかんせん昔おもえば見ず知らずとこれもまた寝心わるく諦めていつぞや聞き流した誰やらの異見をその時初めて肝のなかから探り出しぬ 観ずれば松の嵐も続いては吹かず息を入れてからが凄まじいものなり俊雄は二月三月は殊勝に消・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・額には油汗がぎらぎら浮いて、それはまことに金剛あるいは阿修羅というような形容を与えるにふさわしい凄まじい姿であった。私たち夫婦はそれを見て、実に不安な視線を交したが、しかし、三十秒後には、彼はけろりとなり、「やっぱり、ウイスキイはいいな・・・ 太宰治 「親友交歓」
・・・ 石炭がはじけて凄まじい爆音が聞えると、黒い煙がひとしきり渦巻いて立ち昇る。 物恐ろしい戦場が現われる。鍋の物のいりつくような音を立てて飛んで来る砲弾が眼の前に破裂する。白い煙の上にけし飛ぶ枯木の黒い影が見える。 戦場が消えると・・・ 寺田寅彦 「ある幻想曲の序」
・・・淋しい笑を片頬に見せて、消入るような声で何か云っているようであったが凄まじい木枯しが打消してしまって、老婆の「ホー」と云った寒そうな声と、娘の淋しかった笑顔とは何かなしに自分の心にしみ込むようであった。暗闇阪の街燈は木枯しの中に心細く瞬いて・・・ 寺田寅彦 「やもり物語」
・・・明治初年の日本は実にこの初々しい解脱の時代で、着ぶくれていた着物を一枚剥ねぬぎ、二枚剥ねぬぎ、しだいに裸になって行く明治初年の日本の意気は実に凄まじいもので、五ヶ条の誓文が天から下る、藩主が封土を投げ出す、武士が両刀を投出す、えたが平民にな・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・そして、毎日毎日、凄まじい勢いであらゆる家庭の屋根の下から引き離されて行く夫、兄、父、弟達に対する婦人たちの苦しい愛惜の情を押えつけることに熱中し始めた。 真珠湾の不意打攻撃は皮相的に勝利のように見えたが、戦闘が日一日と進むにつれて、現・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
出典:青空文庫