・・・富士の美しく霞んだ下に大きい櫟林が黒く並んで、千駄谷の凹地に新築の家屋の参差として連なっているのが走馬燈のように早く行き過ぎる。けれどこの無言の自然よりも美しい少女の姿の方が好いので、男は前に相対した二人の娘の顔と姿とにほとんど魂を打ち込ん・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・ 摺鉢形の凹地の底に淀んだ池も私にはかなりグルーミーなものに見えた。池の中島にほうけ立った草もそうであった。汀から岸の頂まで斜めに渡したコンクリートの細長い建造物も何の目的とも私には分らないだけにさらにそういう感じを助長した。 ずっ・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・わたしがとまった地点のさきは、草にかくれて見えなかったが、ゆるい凹地になっているらしかった。乞食! と思ったその男は、その凹みの草のなかに臥てでもいたのだったろう。 にょっきり草から半身を現した黒い大きいきたない顔は、ものも云わず笑いも・・・ 宮本百合子 「道灌山」
出典:青空文庫