・・・故郷の市場の雑貨店で、これを扱うものがあって、私の祖父――地方の狂言師が食うにこまって、手内職にすいた出来上がりのこの網を、使で持って行ったのを思い出して――もう国に帰ろうか――また涙が出る。とその涙が甘いのです。餅か、団子か、お雪さんが待・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・同日午後五時に、山本伯の内閣が出来上り、それと同時に非常徴発令を発布して、東京および各地方から、食料品、飲料、薪炭その他の燃料、家屋、建築材料、薬品、衛生材料、船その他の運ぱん具、電線、労務を徴発する方法をつけ、まず市内の自動車数百だいをと・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・妾宅の台所にてはお妾が心づくしの手料理白魚の雲丹焼が出来上り、それからお取り膳の差しつ押えつ、まことにお浦山吹きの一場は、次の巻の出づるを待ち給えといいたいところであるが、故あってこの後は書かず。読者諒せよ。明治四十五年四月・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・方ならず色々修繕も試み候えども寸毫も利目無之夫より篤と熟考の末家の真上に二十尺四方の部屋を建築致す事に取極め申候是は壁を二重に致し光線は天井より取り風通しは一種の工夫をもって差支なき様致す仕掛に候えば出来上り候上は仮令天下の鶏共一時に鬨の声・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・ さてこういう風の倫理観や徳育がどんな影響を個人に与えどんな結果を社会に生ずるかを考えて見ますと、まず個人にあってはすでに模範が出来上りまたその模範が完全という資格を具えたものとしてあるのだから、どうしてもこの模範通りにならなければなら・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・に似たものは出来上りはしまいかと考えた。余はまだ眺めている。セピヤ色の水分をもって飽和したる空気の中にぼんやり立って眺めている。二十世紀の倫敦がわが心の裏から次第に消え去ると同時に眼前の塔影が幻のごとき過去の歴史を吾が脳裏に描き出して来る。・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・林町の父にお歳暮に母のかたみの着物でどてらを縫って貰っていたのが出来上り。 私がこれをかくのは、ゆうべも考えてね、一時に=一晩にかいてしまおうとすると、一晩まるでつぶし、而も何だかかきたいことを落すので、時々ぽつぽつと書きためたのを、こ・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
切角お尋ねを受けましたが、私は何も手芸を存じません。編物や刺繍の或る物はひとのしている様子、出来上り等見るのを愛しますけれども。 非常に不器用で困ります。〔一九二二年八月〕・・・ 宮本百合子 「手芸について」
・・・彼は出来上りかけている製作をなほ子に見せながら、「姉さんいて呉れると、どんなに心丈夫だか分らない――話んなりゃしないんだから、間抜けばっかりで」と云った。傍の台の上に、耕一が製図している家の油土の模型が出来ていた。彼は、「電球見・・・ 宮本百合子 「白い蚊帳」
1、日本髪も束髪も実際的な立場から批評したら、共に一長一短をもっていると思います。出来上りの形、方法こそ異っても、おしゃれをする女性の心持は東西同じで手間をかけたら両方結局同じものでしょう、但し個性的であるだけ洋風が優って・・・ 宮本百合子 「日本髷か束髪か」
出典:青空文庫