・・・建築が設計者製図者を始めとしてあらゆる種類の工人の手を借りてできあがるように、一つの映画ができあがるまでには実に門外漢の想像に余るような、たくさんの人々の分業的な労働を要するのである。そうしてそれが雑然たる群衆ではなくて、ほとんど数学的「鋼・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・眼耳鼻舌と分業が行われ出したのは、つい近頃の事であると思います。こう分業が行われだすと融通が利かなくなります。ちょっと舌癌にかかったからと云うて踵で飯を食う訳には行かず、不幸にして痳疾を患いたからと申して臍で用を弁ずる事ができなくなりました・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・すなわち人事の分業分任なり。すでにこれを分てこれに任ずるときは、おのおの長ずるところあるべきは自然の理にして、農商の事に長ずるものあり、工芸技術に長ずるものあり、あるいは学問に長じ、あるいは政治に長ずる等、相互に争うべからざるものあるがゆえ・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・ フォードが一品一工場としたやりかたで生産工程の組織では全国的にフォード化し分業化しつつ、しかも、村を決してその工業を専門とする工村にはせず、飽くまで副業にとどめて、古来のままの農業精神を主とし、農村全体としての文化の水準などはあるがま・・・ 宮本百合子 「新しい婦人の職場と任務」
・・・という集団的労作を子供らがみずから分業に組織したことを驚異した佐田が、そこから生産労働の分業について子供らに話しはじめれば、当然資本主義社会における矛盾形態としての分業の説明が必要となることを感じる。佐田は蟻の話と工場の話とを対照させる。児・・・ 宮本百合子 「一連の非プロレタリア的作品」
・・・あすこは能率増進のために極度に分業化され、たとえば鋲をこしらえる部では何年経とうがそれだけやらせられるから、さてクビになると機械工といってもかたわで修繕工にさえなれない。これは恐しいことであると従業員は訴えているのである。 私たちは、自・・・ 宮本百合子 「個性というもの」
・・・けれども、私にこの部門の配列の順序その他は、何となく分業以前の人間の暖さ、正直さ、真実さのほとぼりを感じさせる。はっきり、彼等が生きて行く上に何を第一義に感じていたかと云うことが見える。幼稚であり、未開であるにしろ、生活にこれが第一、という・・・ 宮本百合子 「蠹魚」
・・・ 荷もつに火がつくので水をかける、そのあまりをかい出すもの、舟をこぐもの分業で命からがらにげ出したのだ。 吉田さんの話。 Miss Wells と、日本銀行に居た。これからお金を貰おうとしたとき地なりがしたので吉田さんはああ・・・ 宮本百合子 「大正十二年九月一日よりの東京・横浜間大震火災についての記録」
・・・それらの機械の精巧さ、小学校を出たばかりの女の子でも使えるまで高度に調整され、単純化された分業の過程というものは、少くとも日本の文明のある水準を語るものでなければならないと思う。そのことに疑点を挾むものはおそらく一人もないであろう。 と・・・ 宮本百合子 「婦人の文化的な創造力」
・・・わたしたちの文学が、今のところリアリズムにおいて、いくらか古くさく弱く、作品も断片的であるのは、資本主義社会の生活が、生産の上にも文化の上にも、全体として一つにまとまったものであるべき人間性を、細かい分業のかたにはめてしまって来ているからで・・・ 宮本百合子 「文学と生活」
出典:青空文庫