・・・西洋の言語学者らはだれもこのおそるべき利器の威力を知らない。短歌でもそうであるが、俳句においてこの利器はいっそうその巧妙な機能を発揮する。てにはは器械のギアーでありベアリングである。これあってはじめて運転が可能になる。表面上てにはなしの句は・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・というもののある事から起こる困難は、統計的方法の利器によって、少なくもある度まで救われうる見込みがある。これについては、さらに、機会があったら、いくぶん具体的に考えを進めてみたいという希望をもっている。 最後に誤解のないために断わってお・・・ 寺田寅彦 「比較言語学における統計的研究法の可能性について」
・・・速射砲や機関銃が必要であると同様に、切手は最も必要な利器である。」いかにもP君の言いそうな事ではあるが、もしやこれがいくぶんでも真実だとしたら、それはなんという情けない事実だろう。 一階から二階へ人を運ぶためにエスカレーターを運転してい・・・ 寺田寅彦 「丸善と三越」
・・・それで漫画家は言語では到底表わす事の出来ない観念の表現をするための利器を持っている。その利器の使い方の巧拙はその画家の技能を評価する目標の一つになるが、それよりも重大な標準は、それによって表わすべきものの、真の種類や程度にある事は勿論である・・・ 寺田寅彦 「漫画と科学」
・・・これなしにはいかなる数学の利器をいかに駆使しても結局何物も得られないことは、むしろ初めからわかったことでなければならない。実際これらの理論の提出された当初の論文の形はある意味においてはほとんど質的のものである。それが量的に一部は確定され一部・・・ 寺田寅彦 「量的と質的と統計的と」
・・・この小説の中に、かつてシャンパンユの平和なる田園に生れて巴里の美術家となった一青年が、爆裂弾のために全村尽く破滅したその故郷に遊び、むかしの静な村落が戦後一変して物質的文明の利器を集めた一新市街になっているのを目撃し、悲愁の情と共にまた一縷・・・ 永井荷風 「深川の散歩」
・・・道具だと断然云い切ってわるければ、そんな道具に使い得る利器なのです。 権力に次ぐものは金力です。これもあなたがたは貧民よりも余計に所有しておられるに相違ない。この金力を同じくそうした意味から眺めると、これは個性を拡張するために、他人の上・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・昔は利器たり、今は玩具たり。今昔の相違これを名けて人智の進歩時勢の変遷と言う。学者の注意す可き所のものなり。左れば我輩は女大学を見て女子教訓の弓矢鎗剣論と認め、今日に於て毫も重きを置かずと雖も、論旨の是非は擱き、記者が女子を教うるの必要を説・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・それは東京大学の工学部の赤煉瓦の建物があったころで、もう四十年ぐらい前になるかと思うが、木下杢太郎君にさそわれて、佐野利器博士を研究室に訪ね、伊藤忠太博士が撮影して来られた雲岡石窟の写真を見せてもらったのである。当時佐野博士はまだ若々しい颯・・・ 和辻哲郎 「麦積山塑像の示唆するもの」
出典:青空文庫