・・・「毒を以て毒を制す、」――わたしはひとり土手の上にしゃがみ、一本の煙草をふかしながら、時々そんなことを考えたりした。 わたしにも友だちはない訣ではなかった。それはある年の若い金持ちの息子の洋画家だった。彼はわたしの元気のないのを見、旅行・・・ 芥川竜之介 「夢」
・・・私は悪徳のかたまりであるから、つまり、毒を以て毒を制すというかたちになるのかも知れない。酒は、私の発狂を制止してくれた。私の自殺を回避させてくれた。私は酒を呑んで、少し自分の思いを、ごまかしてからでなければ、友人とでも、ろくに話のできないほ・・・ 太宰治 「鴎」
・・・、その心裡の卑猥陋醜なる者の最後に試みる牽制の武器にして、かの宇治川先陣、佐々木の囁きに徴してもその間の事情明々白々なり、いかにも汝は卑怯未練の老婆なり、殊にもわが親愛なる学生諸君を不良とは何事、義憤制すべからず、いまこそ決然立つべき時なり・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・この場合は柔よく柔を制すとでもいうべきである。さすがの蛇もぐにゃぐにゃした上着ではちょっとどうしていいか見当がつかないであろう。この映画ではまた金網で豹や大蛇をつかまえる場面もある。網というものは上着以上にどうにもしようのない動物の強敵であ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・なんだか自分の意志によって制すべくして制しきれない心の罪が、どうにもならない肉体の罪に帰せられたように思われた。 いわゆる笑うべき事がない時に笑い出すのは医者に診てもらう場合に限らなかった。 いちばん困るのは親類などへ行って改まった・・・ 寺田寅彦 「笑い」
出典:青空文庫