・・・セミヤノフカへ分遣する部隊に加えるか、メリケン兵に備える部隊に加えるか、そのいずれかだ。アメリカの警戒隊は、大きい銃をかついで街をねり歩いていた。意地の悪い眼を光らせ、日本の兵営附近を何回となく行き来した。それは、キッカケが見つかり次第、衝・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・この意識の消しがたいがために、義務道徳、理想道徳の神聖の上にも、知識はその皮肉な疑いを加えるに躊躇しない、いわく、結局は自己の生を愛する心の変形でないかと。 かようにして、私の知識は普通道徳を一の諦めとして成就させる。けれども同時にその・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・必ず、最後に、何か一言、蛇足を加える。「けれども、だね、君たちは、一つ重要な点を、語り落している。それは、その博士の、容貌についてである。」たいしたことでもなかった。「物語には容貌が、重大である。容貌を語ることに依って、その主人公に肉体感を・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・しかし、私も若干馬齢を加えるに及び、そのような風変りの位置が、一個の男児としてどのように不面目、破廉恥なものであるかに気づいていたたまらなくなりまして、「こぞの道徳いまいずこ」という題の、多少、分別顔の詩集を出版いたしましたところ、一ぺんで・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・ここに於いて多少、時局の色彩を加える。そうすると、人は、私を健康と呼ぶかも知れない。おうい、と呼ぶ。おうい、と答える。白いパラソル。桜の一枝。さらば、ふるさと。ざぶりと波の音。釣竿を折る。鴎が魚を盗みおった。メルシイ、マダム。おや、口笛が。・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・ その後、出入りの魚屋の証言によって近所のA家にもやはり白い洋種の猫がいるという一つの新しい有力なデータを加えることは出来た。しかし、東京中で西洋猫を飼っているA姓の人が何人あるか不明であるからの問題はやはり不明である。ただ、近所のA家・・・ 寺田寅彦 「ある探偵事件」
一 芭蕉の「旅に病んで夢は枯れ野をかけめぐる」はあまりに有名で今さら評注を加える余地もないであろうが、やはりいくら味わっても味わい尽くせない句であると思う。これは芭蕉の一生涯の総決算でありレジュメである・・・ 寺田寅彦 「思い出草」
・・・ 写実主義、自然主義といったような旗じるしのもとに書かれた作品については別に注釈を加える必要はない。すでにそれらのものは心理学者の研究資料となり彼らの論文に引用されるくらいである。 一見非写実的、非自然的な文学であってもよくよく考え・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・「九仞の上に一簣を加える。加えぬと足らぬ、加えると危うい。思う人には逢わぬがましだろ」と羽団扇がまた動く。「しかし鉄片が磁石に逢うたら?」「はじめて逢うても会釈はなかろ」と拇指の穴を逆に撫でて澄ましている。「見た事も聞いた事もないに、こ・・・ 夏目漱石 「一夜」
・・・現にオイケンと云う人の著述を数多くは読んでおりませんが、私の読んだ限りで云えば、こんな非難を加えることができるようにも思います。こう論じてくると何だか学者は無用の長物のようにも見えるでしょうが私はけっしてそんな過激の説を抱いているものではあ・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
出典:青空文庫