・・・いわんや子を生み孫を生むに至ては、祖父を共にする者あり、曾祖父を共にする者あり、共に祖先の口碑をともにして、旧藩社会、別に一種の好情帯を生じ、その功能は学校教育の成跡にも万々劣ることなかるべし。・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・心の人にしかざるは、身体の不具なるよりも劣るものなるに、ひとりその身体の病を患て心の病を患えざるは何ぞや。婦人の仁というべきか、あるいは畜類の愛と名づくるも可なり。 人の心の同じからざる、その面の相異なるが如し。世の開るにしたがい、不善・・・ 福沢諭吉 「中津留別の書」
・・・例えば女子の天性を男子よりも劣るものと認め、女は陰性なり、陰は暗しなど、漠然たる精神論を根本にして説を立つるが如きは、妄漫無稽と称すべきなれども、その他は大抵皆女子を戒めたる言の濃厚なるものに過ぎず。我輩がかつて戯れに古人の教えを評し、町家・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・さればといって甚不良なのではなく、ただ動物質の食品に比して幾分劣るというのであります。全然植物性蛋白や脂肪を消化しないという人はまあありますまい、あるとすればその人は又動物性の蛋白や脂肪も消化しないのです。さてどう云うわけで植物性のものが消・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・ 霞が深く掛った姿はまだはっきり覚えて居るほど新らしい時に見た事はないが秋霧の何とも云えない物静かな姿は霞の美くしさに劣るまい。 霞は人の心を引きくるめて沙婆のまんなかへつれて来る。霧は禁慾的な、隠遁的な気分に満ちて居る。 私は・・・ 宮本百合子 「秋霧」
・・・何々文庫と称する十銭二十銭のものにどれだけ劣るか分らない。 見た眼がいいものを――という気持の出版当事者も悪いが、又装幀を引受けた美術家なるものもあまりに盲目的である。芸術的良心を痲痺させてしまって出版業者に動員されて、てんから恥ない所・・・ 宮本百合子 「業者と美術家の覚醒を促す」
・・・ 徳川時代の文学者としては近松門左衛門にしろ、西鶴、芭蕉にしろ、文学的にはずっと劣るが、有名ではある馬琴だとかが出ている。けれども婦人作家は一人もこの三百年間に出ていない。辛うじて俳句の領域に数人の婦人の名が記されているにすぎない。親や・・・ 宮本百合子 「女性の歴史」
・・・しかも、女は男に劣るという口実で、男の半分だけの賃銀で搾れるのだから、資本家、地主にとってその味は忘れられない。 何とかしてその状態をつづけるために、坊主を動員して女は男に劣るものだ、女は男に屈従すべきものだと朝に晩に吹きこませる。労働・・・ 宮本百合子 「ソヴェト同盟の婦人と選挙」
・・・しかし心敬のあげた証拠だけを見ても、この時代が延喜時代に劣るとは考えられない。心敬は猿楽の世阿弥を無双不思議とほめているが、我々から見ても無双不思議である。能楽が今でも日本文化の一つの代表的な産物として世界に提供し得られるものであるとすれば・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
・・・しかし客と応対する主人の精神的な働きもそれに劣るものではない。木曜会に時々顔を出したころの私は、そんなことをまるで考えてもみなかったが、後に漱石の家庭の事情をいろいろと知るに及んで、その点に思い及ばざるを得なかったのである。日本で珍しいサロ・・・ 和辻哲郎 「漱石の人物」
出典:青空文庫