・・・その行動について不満があるとしても、誰か志士としてその動機を疑い得る。諸君、西郷も逆賊であった。しかし今日となって見れば、逆賊でないこと西郷のごとき者があるか。幸徳らも誤って乱臣賊子となった。しかし百年の公論は必ずその事を惜しんで、その志を・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・ さてかく自然主義の道徳文学のために、自己改良の念が浅く向上渇仰の動機が薄くなるということは必ずあるに相違ない。これは慥に欠点であります。 従って現代の教育の傾向、文学の潮流が、自然主義的であるためにボツボツその弊害が表われて、日本・・・ 夏目漱石 「教育と文芸」
・・・――余が決断を促がす動機の一部分をも形づくらなかったからである。尤も先生がこれら知名の人の名を挙げたのは、辞任の必ずしも非礼でないという実証を余に紹介されたまでで、これら知名の人を余に比較するためでなかったのは無論である。 先生いう、―・・・ 夏目漱石 「博士問題とマードック先生と余」
・・・これが人生観についての苦悶を呼起した大動機になってるんだ。即ちこんな苦痛の中に住んでて、人生はどうなるだろう、人生の目的は何だろうなぞという問題に、思想上から自然に走ってゆく。実に苦しい。従ってゆっくりと其問題を研究する余裕がなく、ただ断腸・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・自分でもする事の本当の動機を知らずにいることもございますし、またその動機がたいてい分かりそうになって来ていても、それを自分で認めるだけの勇気が無いこともございます。そう云うわけですから、わたくし達の手紙はやはりわたくし達の霊をありのままに現・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・わたしたちの心にあるこの抗議と抵抗の動機は、人間らしい、美しい、瑞々しい人生をもちたいという痛切な願いからです。わたしたちみんなの心にこの訴えがあります。わたしたちは、ただ一度しかない人生をいとおしみます。このやわらかい心。やわらかい心が苦・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・封建的な人間抑圧への反抗ということも、理由とされているが、それは、その第一歩、第一作の書かれた動機のかげにあった一つのぼんやりしたバネであったにすぎない。二作、三作、ましてそれで儲かって書きつづけてゆく作品のモティーヴになってはいない。・・・ 宮本百合子 「新しい文学の誕生」
・・・又何事もないと、わざわざ人を挑んで詞尻を取って、怒の動機を作る。さて怒が生じたところで、それをあらわに発動させずに、口小言を言って拗ねている。 こう云う状態が二三日続いた時、文吉は九郎右衛門に言った。「若檀那の御様子はどうも変じゃござい・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・人間のする事の動機は縦横に交錯して伸びるサフランの葉の如く容易には自分にも分からない。それを強いて、烟脂を舐めた蛙が膓をさらけだして洗うように洗い立てをして見たくもない。今私がこの鉢に水を掛けるように、物に手を出せば弥次馬と云う。手を引き込・・・ 森鴎外 「サフラン」
・・・柔らかで細かい、静かで淡い全体の調子も、この動機を力強く生かせている。 このような淡い繊弱な画が、強烈な刺激を好む近代人の心にどうして響くか、と人は問うであろう。しかしその答えはめんどうでない。極度に敏感になった心には、微かな濃淡も強す・・・ 和辻哲郎 「院展日本画所感」
出典:青空文庫