・・・もっとも普通の世間の人の口にする科学という語の包括する漠然とした概念の中には、たとえばラジオとか飛行機とか紫外線療法とかいうようなものがある。しかしこれらは科学の産み出した生産物であって学そのものとは区別さるべきものであろう。また通俗科学雑・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・松平氏は第二夫人以下第何十夫人までを包括する日本一の大家族の主人だというゴシップも聞いたが事実は知らない。とにかく今日のいわゆるファイティング・スピリットの旺盛な勇士であって、今日なら一部の人士の尊敬の的になったであろうに、惜しいことに少し・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・皮相的には全く無関係な知識の間の隔壁が破れて二つのものが一つに包括される。かようにしてすべての戸棚や引出しの仕切りをことごとく破ってしまうのが、物理科学の究極の目的である。隔壁が除かれてももはや最初の混乱状態には帰らない。何となればそれは一・・・ 寺田寅彦 「言語と道具」
・・・こういうふうに、互いに相容れうる範囲内でのあらゆる段階に分化された諸相がこの狭小な国土の中に包括されているということはそれだけでもすでに意味の深いことである。たとえばあの厖大なアフリカ大陸のどの部分にこれだけの気候の多様な分化が認められるで・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・ 現代の俳句界はジャーナリズムの力を借りることなしには大衆を包括することができないのに、今のジャーナリズムの露骨主義と連句の暗示芸術というものとは本来別世界の産物である。しかし、現状をはなれて抽象的に考えてみると連句的ジャーナリズムやジ・・・ 寺田寅彦 「俳諧瑣談」
・・・生物現象がすべて現在の物理学で説明できようとは思われぬが、しかしプランクが無生物質界の方則の統一を理想とするならば、もう一歩を進めて物理生理あるいは心理学までも包括して渾然たる一つの「理学」という系統がいつかは設立されるという理想をいだく事・・・ 寺田寅彦 「物理学と感覚」
・・・能知者と所知者の結合を包括する全体が更に大きな普遍的で絶対的な能知を反映する事によって芸術たる価値が定まると考える事が出来るだろう。 以上のごとき単純な側面観によって科学と芸術との任務や領域を遺憾なく説明しようというのではない。こういう・・・ 寺田寅彦 「文学の中の科学的要素」
・・・何万ボルトの電撃という一語であらゆるサージの形を包括していた。放電間隙と電位差と全荷電とが同じならばすべてのスパークは同じとして数えられた。すなわちわれわれはやはり量を先にして質をあとにしていたのであった。このある日の経験は私に有益であった・・・ 寺田寅彦 「量的と質的と統計的と」
ニイチェの世界の中には、近代インテリのあらゆる苦悩が包括されてゐる。だれでも、自分の悩みをニイチェの中に見出さない者はなく、ニイチェの中に、自己の一部を見出さないものはない。ニイチェこそは、実に近代の苦悩を一人で背負つた受・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・生活の大河は、その火花のような恋、焔のような愛を包括して怠みなく静かに流れて行く。確かに重大な、人間の霊肉を根本から震盪するものではあっても、人間の裡にある生活力は多くの場合その恋愛のために燃えつきるようなことはなく、却って酵母としてそれを・・・ 宮本百合子 「愛は神秘な修道場」
出典:青空文庫