・・・ 行燈はすでに消えて、窓の障子はほのぼのと明るくなッている。千住の製絨所か鐘が淵紡績会社かの汽笛がはるかに聞えて、上野の明け六時の鐘も撞ち始めた。「善さん、しッかりなさいよ、お紙入れなんかお忘れなすッて」と、お熊が笑いながら出した紙・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・「おやこの納豆やさん、こないだの子だね」などと云うことがあった。「お前さん毎日廻って来るの」「うん大抵」「家どこ?」「千住。大橋のあっち側」「遠いんだねえ。歩いて来るの?」「いいえ、電車にのって来る」 た・・・ 宮本百合子 「一太と母」
父が開業をしていたので、花房医学士は卒業する少し前から、休課に父の許へ来ている間は、代診の真似事をしていた。 花房の父の診療所は大千住にあったが、小金井きみ子という女が「千住の家」というものを書いて、委しくこの家の事を・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
出典:青空文庫