・・・永代橋が焼けおちるのと一しょに大川の中へおちて、後でたすけ上げられた或婦人なぞは、最初三つになる子どもをつれて、深川の方からのがれて来て、橋の半ば以上のところまで、ぎゅうぎゅうおされてわたって来たと思うと、急に、さきが火の手にさえぎられて動・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・乙、夫なき女優。婦人珈琲店の一隅。小さき鉄の卓二つ。緋天鵞絨張の長椅子一つ。椅子数箇。○甲、帽子外套の冬支度にて、手に上等の日本製の提籠を持ち入り来る。乙、半ば飲みさしたる麦酒の小瓶を前に置き、絵入雑誌を読みいる。後対話の間に、他の・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:森鴎外 「一人舞台」
・・・ ご亭主は、私の、あの嘘を半ばは危みながらも、それでもかなり信用していてくれたもののようで、夫が帰って来たことも、それも私の何か差しがねに依っての事と単純に合点している様子でした。「私のことは、黙っててね」 と重ねて申しますと、・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・これが雨が一日降ると、壁土のように柔らかくなって、靴どころか、長い脛もその半ばを没してしまうのだ。大石橋の戦争の前の晩、暗い闇の泥濘を三里もこねまわした。背の上から頭の髪まではねが上がった。あの時は砲車の援護が任務だった。砲車が泥濘の中に陥・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・たとえば去年は八月半ばにたくさん咲いていた釣舟草がことしの同じころにはいくらも見つからなかった。そうして九月上旬にもう一度行ったときに、温泉前の渓流の向こう側の林間軌道を歩いていたらそこの道ばたにこの花がたくさん咲き乱れているのを発見した。・・・ 寺田寅彦 「あひると猿」
・・・ 利平は、半ば泣き出したい気持になった。「利助、利助」女房は、塀越しに呼びかけようとした。「馬、馬鹿ッ、黙れ」 利平は、女房の口に手を当てて、黙らせた。「さぁ、引ッ込め、障子を閉めろ」 利平は、障子に手を掛けたとき、ひょ・・・ 徳永直 「眼」
・・・古井戸の傍に一株の柳がある。半ば朽ちた其幹は黒い洞穴にうがたれ、枯れた数条の枝の悲しげに垂れ下った有様。それを見ただけでも、私は云われぬ気味悪さに打たれて、埋めたくも埋められぬと云う深い深い井戸の底を覗いて見ようなぞとは、思いも寄らぬ事であ・・・ 永井荷風 「狐」
・・・広き額を半ば埋めてまた捲き返る髪の、黒きを誇るばかり乱れたるに、頬の色は釣り合わず蒼白い。 女は幕をひく手をつと放して内に入る。裂目を洩れて斜めに大理石の階段を横切りたる日の光は、一度に消えて、薄暗がりの中に戸帳の模様のみ際立ちて見える・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・ 吉里は半ば顔を上げたが、返辞をしないで、懐紙で涙を拭いている。「他のことなら何とでもなるんだが、一家の浮沈に関することなんだから、どうも平田が帰郷ないわけに行かないんでね、私も実に困っているんだ」「家君さんがなぜ御損なんかなす・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・ 父母の職分は、子を生んでこれに衣食を与うるのみにては、未だその半ばをも尽したるものにあらず。これを生み、これを養い、これを教えて一人前の男女となし、二代目の世において世間有用の人物たるべき用意をなし、老少交代してこそ、始めて人の父母た・・・ 福沢諭吉 「教育の事」
出典:青空文庫