・・・それをそんな風に金貸したろかと言いふらし、また、頼まれると、めったにいやとはいわず、即座によっしゃと安請合いするのは、たぶん底抜けのお人善しだったせいもあるだろうが、一つには、至極のんきなたちで、たやすく金策できるように思い込んでしまうから・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
・・・えらい商売を始めたものやと思っているうちに、酒屋への支払いなども滞り勝ちになり、結局、やめるに若かずと、その旨柳吉に言うと、柳吉は即座に同意した。「この店譲ります」と貼出ししたまま、陰気臭くずっと店を閉めたきりだった。柳吉は浄瑠璃の・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・ 坂田は即座に応じ切れなかった。夕方から立って、十時を過ぎたいままで、客はたった三人である。見料一人三十銭、三人分で……と細かく計算するのも浅ましいが、合計九十銭の現金では大晦日は越せない、と思えば、何が降ってもそこを動かない覚悟だった・・・ 織田作之助 「雪の夜」
・・・こういう場合、嫌疑が、すぐ自分にかゝって来ることを彼は即座に、ピリッと感じた。「おかしなことになったぞ。」彼は云った。「この札は、栗島という一等看護卒が出したやつなんだ。俺れゃちゃんと覚えとる。五円札を出したんは、あいつだけなんだから、・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・ 労働組合に居ったというので二等兵からちっとも昇級しない江原は即座にそれを否定した。「でも、大砲や、弾薬を供給してるんじゃないんか?」「それゃ、全然作りことだ。」「そうかしら?」 大興駅附近の丘陵や、塹壕には砲弾に見舞わ・・・ 黒島伝治 「チチハルまで」
・・・ そして、即座にピシアスの罪を許してやりました。こんな立派な人を殺すことは、いくらこの暴君にだって出来るはずはありません。ディオニシアスは、それから改めて二人を自分のそばへよびました。 彼は、これまでかつて人を信ずることの出来なかっ・・・ 鈴木三重吉 「デイモンとピシアス」
・・・だからもし大きなむすこが腹をたてて帰って来て、庭先でどなりでもするような事があると、おばあさんは以前のような、小さい、言う事をきく子どもにしようと思っただけで、即座にちっぽけに見る事もできましたし、孫たちがよちよち歩きで庭に出て来るのを見る・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・ 井伏さんは、浮かぬ顔をしてそう答え、即座に何やらくしゃくしゃと書き、私の方によこす。「島山鳴動して猛火は炎々と右の火穴より噴き出だし火石を天空に吹きあげ、息をだにつく隙間もなく火石は島中へ降りそそぎ申し候。大石の雨も降りしきる・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・なんだか心細くなって、それでも勇気を鼓舞して、股引ありますか、と尋ねたら、あります、と即座に答えて持って来たものは、紺の木綿の股引には、ちがい無いけれども、股引の両外側に太く消防のしるしの赤線が縦にずんと引かれていました。流石にそれをはいて・・・ 太宰治 「おしゃれ童子」
・・・こんどは、打てば響くの快調を以て、即座に応答することができた。「悔恨の無い文学は、屁のかっぱです。悔恨、告白、反省、そんなものから、近代文学が、いや、近代精神が生れた筈なんですね。だから、――」また、どもってしまった。「なるほど、」と相・・・ 太宰治 「鴎」
出典:青空文庫