・・・旦那様もその事を御聞きになると、厄介払いをしたと云うように、にやにや笑って御出でになりました。犬ですか? 犬は何でも、御新造はもとより、私もまだ起きない内に、鏡台の前へ仆れたまま、青い物を吐いて死んでいたんです。気がなさそうに長火鉢の前に、・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・………「だが君の厄介になるのは気の毒だな。僕は実は宿のこともBさんに任かせっきりになっているんだが、………」「宿は日本人倶楽部に話してある。半月でも一月でも差支えない。」「一月でも? 常談言っちゃいけない。僕は三晩泊めて貰えりゃ・・・ 芥川竜之介 「湖南の扇」
・・・そうしたら、また涙という厄介ものが両方の眼からぽたぽたと流れ出して来ました。 野原はだんだん暗くなって行きます。どちらを見ても人っ子一人いませんし、人の家らしい灯の光も見えません。どういう風にして家に帰れるのか、それさえ分らなくなってし・・・ 有島武郎 「僕の帽子のお話」
・・・に極ってるけれど、東京へ来たら、生意気らしい、気の大きくなった上、二寸切られるつもりになって、度胸を極めて、伯母さんには内証ですがね、これでも自分で呆れるほど、了簡が据っていますけれど、だってそうは御厄介になっても居られませんもの。」「・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・子のないということはずいぶん厄介ですぜ、しかし私はあきらめている、で罪のない妻に心配させるようなことはけっしてしませんなどいう。予もまた子のあるなしは運命でしかたがない、子のある人は子のあるのを幸福とし、子のない人は子のないを幸福とするのほ・・・ 伊藤左千夫 「紅黄録」
・・・「帰って来ても、廃兵とか、厄介者とか云われるのやろう。もう、僕などはあかん」と、猪口を口へ持って行った。「そんなことはないさ、」と、僕はなぐさめながら、「君は、もう、名誉の歴史を終えたのだから、これから別な人間のつもりで、からだ相応な働・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・有繋の椿岳も山門住居では夜は虎子の厄介になったものと見える。 淡島堂のお堂守となったはこれから数年後であるが、一夜道心の俄坊主が殊勝な顔をして、ムニャムニャとお経を誦んでお蝋を上げたは山門に住んだと同じ心の洒落から思立ったので、信仰が今・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ こう書いているうちにも、いろ/\友達に、厄介をかけたり、また、親切にしてもらったりしたことが、思い出されます。そのことについては、他日、その機を得て感謝する時があろうと思います。 医者は、仁術であるべきであるが、独り、このことを医・・・ 小川未明 「貧乏線に終始して」
・・・お仙ちゃんが片づけば、どうしたってあの阿母さんは引き取るか貢ぐかしなけりゃならないのだが、まあ大抵の男は、そんな厄介附きは厭がるからね」「そうさ、俺にしても恐れらあ。だが、金さんの身になりゃ年寄りでも附けとかなきゃ心配だろうよ、何しろ自・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・が、一つには私は人一倍物事に熱中する代りに、すぐそれに飽いてしまうという厄介な性質を持っていました。いわば、竜頭蛇尾、たとえば千メートルの競争だったら、最初の二百メートルはむちゃくちゃに力を出しきって、あとはへこたれてしまうといった調子。そ・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
出典:青空文庫