・・・仏の顔も二度三度の放浪小説のスタイルは、仏壇の片隅にしまってもいいくらい蘇苔が生えている筈だのに、世相が浮浪者を増やしたおかげで、時を得たりと老女の厚化粧は醜い。 そう思うと、もう私の筆は進まなかったが、才能の乏しさは世相を生かす新しい・・・ 織田作之助 「世相」
・・・毎朝、かなり厚化粧してどこかへ出掛けて行くので、さては妾になったのかと悪評だった。が本当は、柳吉が早く帰るようにと金光教の道場へお詣りしていたのだった。 二十日余り経つと、種吉のところへ柳吉の手紙が来た。自分ももう四十三歳だ、一度大患に・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・おばさんは、年よりのくせに厚化粧をして、髪を流行まきにしている。顔は綺麗なのだけれど、のどの所に皺が黒く寄っていて、あさましく、ぶってやりたいほど厭だった。人間は、立っているときと、坐っているときと、まるっきり考えることが違って来る。坐って・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・頭髪もすずめの巣のように乱れているが、顔には年に似合わぬ厚化粧をしている。何かの病気で歩行が困難らしい。妙な足取りでよちよち歩いて来るそばを、駅員がその女の持ち物らしいバスケットをさげてすましてついて来た。改札口を出るとその駅員は、草津電鉄・・・ 寺田寅彦 「軽井沢」
・・・ 四十近くなる女の厚化粧と、庇がみのしんの出たのと歯の間にあかのたまって居るのはだれでもいやだと云う。 なんでもつり合わないのは一寸妙なものに思われるに違いない。 ゴチゴチにすみのくずのかたまった筆を見ると人間のミイラを見る・・・ 宮本百合子 「芽生」
出典:青空文庫