・・・被原爆地に、眼病のなかでも不治とされる「そこひ」が発生していると報ぜられている。 日本の一部の人々は、あんまり度々いや応なしに戦争にかりたてられてきたために、神経衰弱のようになっていて、しんから戦争をさけたいと思っているときでも、ちょっ・・・ 宮本百合子 「いまわれわれのしなければならないこと」
・・・一九四五年八月六日広島の原爆当日、三度目の応召で入隊中行方不明となった。同年十二月死去の公報によって葬儀を営んだ。十月十日に網走刑務所から解放されて十二年ぶりで東京にかえった顕治と百合子が式に列した。[自注12]国男夫婦――百合子の弟夫・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ わたしたち婦人のすべてのよい意志、愛らしい希望、聰明な奮闘、愛のいそしみは、一つの原爆のもとに、とびちらされるのだ。婦人のもっているあらゆる実行の能力、心情と理性をつくして、きょうの歴史の頁の上に平和をもたらすためにたたかってこそ、わ・・・ 宮本百合子 「戦争はわたしたちからすべてを奪う」
・・・児玉よしを 台湾への□(二、その後 こんにちまで一九五〇年は六月を境として 日本は重大にかわった最後の十二月に 朝鮮戦線で 原爆を使用するかどうか。〔欄外に〕十二月一日から四日まで世界は、・・・ 宮本百合子 「東大での話の原稿」
・・・なぜならナガサキの例をみてもヒロシマの例をみても、原爆で大量殺戮されたのは実に人民であった。軍部の暴圧をしのんで艱難な日々をしのいでいた何の抵抗力ももたないおとなしい人民の男女、老人子供たちが、日本列島を戦略地点として確保することをいそいだ・・・ 宮本百合子 「「人間関係方面の成果」」
・・・ ヒロシマで原爆の被害を蒙った大田洋子の「屍の街」は戦争の残酷さを刻印するルポルタージュである。芝木好子、大原富枝そのほか幾人かのひとがそれぞれ婦人作家としての短くない経験にたって、明日に伸びようとしているのであるが、婦人の生活と文学の・・・ 宮本百合子 「婦人作家」
・・・ 一九四五年八月、ナガサキとヒロシマで原爆が実用された結果、新しい脅威が地平線にあらわれた。その脅威はその後の五年間に段々上昇して、いまではまるで地球の真上にいつ爆発するかもしれない脅威として漂っている。あきらかに恐慌が、人類社会におこ・・・ 宮本百合子 「私の信条」
出典:青空文庫