・・・彼の帰依者はまし、反響は大きくなった。そこで弘長元年五月十二日幕吏は突如として、彼の説法中を小町の街頭で捕えて、由比ヶ浜から船に乗せて伊豆の伊東に流した。これが彼の第二の法難であった。 この配流は日蓮の信仰を内面的に強靭にした。彼はあわ・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・という十八枚の短篇小説は、私の作家生活の出発になったのであるが、それが意外の反響を呼んだので、それまで私の津軽訛りの泥臭い文章をていねいに直して下さっていた井伏さんは驚き、「そんな、評判なんかになる筈は無いんだがね。いい気になっちゃいけない・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・は二つ三つ、いい雑誌に発表せられ、その反響として起った罵倒の言葉も、また支持の言葉も、共に私には強烈すぎて狼狽、不安の為に逆上して、薬品中毒は一層すすみ、あれこれ苦しさの余り、のこのこ雑誌社に出掛けては編輯員または社長にまで面会を求めて、原・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・ それから後は、なかば校正の筆を動かしつつ書いた。関君と柴田流星君が毎日のように催促に来る。社のほうだってそう毎日休むわけには行かない。夜は遅くまで灯の影が庭の樹立の間にかがやいた。 反響はかなりにあった。新時代の作物としてはもの足・・・ 田山花袋 「『田舎教師』について」
・・・ 今時分思ったとて、なんの反響がある? もう三十七だ。こう思うと、気がいらいらして、髪の毛をむしりたくなる。 社のガラス戸を開けて戸外に出る。終日の労働で頭脳はすっかり労れて、なんだか脳天が痛いような気がする。西風に舞い上がる黄いろい塵・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・ このかすかな伴奏の音が、別れた後の、未来に残る二人の想いの反響である。これが限りなく果敢なく、淋しい。「あかあかとつれない秋の日」が、野の果に沈んで行く。二人は、森のはずれに立って、云い合わせたように、遠い寺の塔に輝く最後の閃光を・・・ 寺田寅彦 「秋の歌」
・・・こういう美しいものを見たときと見なかった時とで、その後に来る吾人の経験には何らのちがった反響がない訳にはゆかない。 展覧会で童女像を見た事と壷のアドヴェンチュアーとは一見何の関係もない事のようである。しかしこれを経験した私にとっては・・・ 寺田寅彦 「ある日の経験」
・・・ 外へ出ると、人の往来は漸く稠くなり、チョイトチョイトの呼声も反響するように、路地の四方から聞えて来る。安全通路と高く掲げた灯の下に、人だかりがしているので、喧嘩かと思うと、そうではなかった。ヴィヨロンの音と共に、流行唄が聞え出す。蜜豆・・・ 永井荷風 「寺じまの記」
・・・曳舟の機械の響が両岸に反響しながら、次第に遠くなって行く。 わたくしは年もまさに尽きようとする十二月の薄暮。さながら晩秋に異らぬ烈しい夕栄の空の下、一望際限なく、唯黄いろく枯れ果てた草と蘆とのひろがりを眺めていると、何か知ら異様なる感覚・・・ 永井荷風 「放水路」
・・・去れど恐ろしきも苦しきも、皆われ安かれと願う心の反響に過ぎず。われという可愛き者の前に夢の魔を置き、物の怪の祟りを据えての恐と苦しみである。今宵の悩みはそれらにはあらず。我という個霊の消え失せて、求むれども遂に得がたきを、驚きて迷いて、果て・・・ 夏目漱石 「薤露行」
出典:青空文庫